右近「壁にぶち当たって打ち砕くつもりで向かっていく」『ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル』記者懇親会レポート

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現代劇に初挑戦する歌舞伎役者・尾上右近さんへの密着企画も進行中の「ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル」について、6月中旬に開かれた記者懇親会の模様をお届けする。

翻訳・演出のG2さんとともに、スーツ姿で現れ、立ち稽古が始まってしばらく経った自身の思いを率直に答えていた右近さん。その言葉の一つひとつに、現代劇に、この作品に、楽しく立ち向かっている様子が伺えた。

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■記者懇親会レポート■

まず挨拶に立ったG2さん。「長年舞台の仕事をしていると、"やらねばならない作品"と"やっておかねばならない作品"がある。前者はどんどん目の前に現れてくるんですが、今回は久々に"やっておかねばならない作品"と出会え、ぜひやっておきたいと思い、上演までこぎつけました。作ることで自分自身をカンパニーを変えていくような、アウトプットばかりしているのではなく、インプットにもなり得る作品だと思っています」と作品への思い入れを語った。

また、「斬新な手法ではないけれど、新たな切り口、方法論、新たな感覚で書かれた戯曲で、読んだときに『お前ならどう演出するつもりだ?』とニヤリと笑われた気がしました。ほとんどの登場人物がプエルトリカンで、そこに黒人、白人、日本人もいるという人種のるつぼのような物語で、アメリカの特殊な環境を描いてはいるんですが、とても普遍的な力を持っているとも感じました。今回、日本で上演するにあたっては、日本人の共感に訴える部分をクローズアップしたいと思って、今稽古しているところです」と、作品の魅力をアピールした。

続いて右近さんが「"新人"の右近です(笑)」と挨拶。「何しろ初めてづくしです。初現代劇、初翻訳劇、初主演という形で、社会派の作品に挑むのは、困難を極めることだというのは覚悟のうえです。共演の百戦錬磨の先輩方も、『この台詞はどういうつもりで言ったらいいのか』『どう表現したらいいのか』『難しい戯曲だ』とおしゃっているのを見て、途方に暮れている毎日です(笑)。でも、これがきっと自分の糧になり、そして、自分が"危ないほう""危険な道"に進みやすい性格だと受け入れたうえで、乗り越えなければいけない試練だと思っていますので。乗り越えるというより、壁にぶち当たって打ち砕くつもりで向かっていくということを、今回のテーマにしています」と気合いを見せた。

さらに、初めての現代劇の稽古で、歌舞伎との違いを実感しているとも語る右近さん。「演出家のいない歌舞伎の場合は、腑に落ちる落ちない関係なく、有無を言わさず通し稽古から入るというのが通常のスタイルなので、役作りも自己管理で、自分で考えて進めていかざるを得ません。それと比べると今回の稽古場は、わからないことは『わからない』と言い、自分で抱えずにアウトプットしていくことが大事で、むしろ自分の思いをぶつけていかないと広がりも持てないなんだなということを痛感しています。本読みから戸惑い、立つとなおさらどうしていいかわからないことがたくさんあり、恥ずかしい思いもしているんですが。でも、若いうちにこういう経験させていただけることがありがたく、恥をかくことが好きなので(笑)、たくさん恥をかけることがうれしい。みなさまにはご迷惑をおかけしていると思いますが、1日1日成長していくことを自分に課して、稽古に励みたいと思っています」。

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■質疑応答■

ふたりの挨拶の後、記者との質疑応答が行われた。

──歌舞伎役者を現代劇に起用する魅力と右近さんの魅力をG2さんにお聞きできれば。

G2 実際に幕を開けてしまうと、歌舞伎役者ということは関係なくなってしまうんですけど。ただ、今回の作品は、役者自身の本質に迫るような内面的な作業が多く、ディスカッションも増えてきますので、違うジャンルで活躍し、いろんな教養や文化をお持ちの方が新たなものを持ち込んでくれるのはうれしいことですし。何より、右近さんは、やる気の塊なので(笑)。今『恥をかいてます』という謙虚な言い方をされましたけど、非常にチャレンジングで、勉強もされている。その意欲的なところが僕にもとても刺激になっていますし。歌舞伎という違う素養を土台にしてどのような形になるか、読みきれない部分があることが逆に楽しく、右近さんの新たな魅力を作れたらと思っています。

──右近さんは今、一から役を作っていく楽しさをどう感じておられますか。

右近 やはり、一から作るといっても、あるものから作らなければ形はできないと思うので、自分では気づかずとも歌舞伎で培ったもの、歌舞伎の世界で教えていただいたことが自然に生きるという形が望ましいなと思っているところです。この物語のなかに、ジョン・コルトレーンの"不協和音"の話が出てくるんですが、ジャズの世界では不協和音がひとつのハーモニーとして成立するんだという話が、それぞれ個性がまったく違う登場人物の、不協和音かもしれない混じり合いがひとつの不思議なハーモニーになっていくというこのお芝居自体にリンクしていく。それと同じように、歌舞伎の世界から来ている自分によって、現代劇をずっとやってきた方とは違う何かが生まれ、新たな不思議なメロディが誕生すれば、自分がこの作品に参加する意味があるのではないかなと思っています

──稽古場での共演者のみなさんの様子をお聞かせください。

右近 従姉役の南沢奈央さんは、一緒にお稽古する時間が長いので、いちばん僕の被害を被っている方じゃないかと思うのですが(笑)、僕が悩んでる姿をちゃんと受け止めて、一緒に考え、一緒に悩んでくださっています。役としても甘え頼る部分が多いので、役とリンクさせられるのがひとつの救いかなと思っています。お母さん役の篠井英介さんは、本当にお母さんみたいな(笑)、愛にあふれる包容力をお持ちの方で、すごく安心させていただいています。葛山信吾さんは意外にもイジられキャラでした(笑)。カラオケで発揮される秘密のすごい力があるそうなので、早く目の当たりにしたいと思っています。最初に話しかけてくださったのが鈴木壮麻さん。ハイテンションでフランクな方で、いつも助けていただいています。村川絵梨さんは、確か葛山さんをイジり始めたのが村川さんだった気がするんですけど(笑)、楽しい雰囲気を作ってくださってますね。そして何役も演じられる陰山泰さん。想像力豊かな方で、その台詞を言うまでのつながりを自分で作っていくのが役者の仕事なんだなと、つくづく教えていただいています。

──エリオットというのは、子どもの頃にネグレクトを受けていたり、イラク戦争で負傷して薬物中毒になったりとハードな人生を送っています。どういう点に接点を見出して演じようと思われていますか。

右近 エリオットはおっしゃったようにわかりやすい問題を抱えていて、その問題と向き合いながら人生を歩んでいく姿が、この物語では描かれていきます。そういう意味では、僕自身も、恵まれた環境にあるとはいえ、そのなかで抱えている問題はもちろんあり、決して順風満帆ではない。やはり、人間は誰でも生きていくうえで問題を抱えているものですし、何よりエリオットと年齢が近いという接点が僕にはありますので。少年時代からお青年になり大人になっていく過程での戸惑いという、同年代だからこそ理解できる部分がたくさんあるなと思っています。

──最後に見どころをお願いします。

G2 先ほど挨拶で右近さんが『難しい』とおっしゃってましたが、それはあくまでも演じる側にとって難しいということであり、このお芝居自体は決して難しいお話ではありません。90年代のコカインの流行の余波、イラク戦争から帰ってきた若者たち、昨今のネット社会と、アメリカが抱えているいろいろな問題を背景にしている社会派作品ではありますが、その問題自体を掘り返す話ではなく、その社会にいる弱者たちが、いかに関わり、いかに明日に向かって歩き始めるかを描いていく、観終わったあとにとても勇気をくれるいい作品だと思っています。気軽に観に来ていただければ、楽しい観劇体験ができると思います。

右近 そうでした。観る方にとっては難しくはないですよね。薬物やネット社会の問題を題材にはしていますが、そこで人種の違う人たちがどうつながり、どういうメロディを奏でるかというところが魅力的な芝居だと思いますし、そこにある人の心のぬくもりが何より伝わる作品だと思います。そこをぜひ感じて、ほっこりと(笑)、豊かな気持ちになっていただけたらなと思います。

(取材・文)大内弓子

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