渡辺えりが作・演出を務め、80年代から小劇場界を牽引してきたオフィス3○○が、(前身の劇団3○○から数え)創立40周年を迎えます。
記念公演となる『肉の海』が現在、東京・本多劇場で上演中。
その公演レポートをお届けします!
昨日掲載された舞台稽古の写真を見ただけで、『肉の海』がただならぬ作品だと感じた方は多いはず。事実、渡辺えり率いるカンパニーのエネルギーに、ずぶんと "海" に呑み込まれるような舞台だ。
オフィス3○○が創立40周年を記念し、渡辺が純文学の新鋭・上田岳弘の小説『塔と重力』を下敷きに、渾身の力を込めて作り上げた『肉の海』。その幕開け、客席からくたびれたおばさん天使(渡辺)がとぼとぼやってきて、いきなり本音を吐き始める。「ああ、涙が止まらない。水分を出したくないのよね、カサカサにシワシワに乾いてくるのよ......」とぼやいていると、別の天使たち(久世星佳、土居裕子)が現れ、3人が歌い出す。それは涙の歌だ。
「誰のために泣いているの?」――。
どうやら彼女たちは自分が何者かわからない様子。「あなたは誰?」と言い合っていると、突如、そこはアリスのワンダーランドになっていた。ここで度肝を抜かれたのが、三田和代演じる老女のアリスだ。どうやらこのアリス、夢から覚めないうちに不思議の国で100年も生きてしまったらしい。よほど思索にふけったのだろうか。彼女の放つ言葉がどれも真理を突いているように思えるのが面白い。そこに少女のアリス(これが初舞台の屋比久知奈)が現れ、いつしか現実の世界へ。
けたたましい踏切のサイレンの音とともに、眠っていた男・田辺岳也(土屋良太)が目を覚ます。彼は阪神淡路大震災で生き埋めになり、一緒にいた恋人・美希子を失った。そこから物語は過去へと遡り、場面は田辺が美希子と過ごした高校の図書館になったり、ある時は小説の中の世界になったり。まさしく不思議の世界へと入り込んでいく。
「音楽劇」でもある本作は、生バンドの演奏で随所に歌が散りばめられ、キャストそれぞれが演技と歌で個性を光らせる。尾美としのり演じる水上は、田辺を見守っているようで、時折悪魔のような顔を覗かせる。とぼけた味わいのベンガルは困惑する人間の代表のようだ。少女の美希子も演じる屋比久は、渡辺の紡ぐ詩的なセリフをまっすぐに伝えて鮮烈。ディズニー映画『モアナと伝説の海』のヒロインの声優も務めた彼女は、歌でも抜群の表現力を見せつける。世の中の理不尽を真っ正面から受け止め、感じ、心傷つく少女・美希子は、渡辺自身のようにも思えた。また衝撃的なアリスに老婆、さらに少女のような老女まで変幻自在に姿を変えて、どんなセリフもリアリティを持って伝える三田和代に感嘆。
冒頭に出てきた3人の天使は、実はある繋がりを持っているのだった。次第にアリスの世界、震災が起きた過去と現在、個人、世界、宇宙、さらにはあの"涙の歌"もすべて一つに繋がっているのだと感じ、そして迎える爆発的なクライマックスの驚き!
何よりユニット結成から40年を経てもなお、溢れ出る想像力と創作への好奇心、世の中に対する思いを"演劇"という形にする渡辺えり、その人に圧倒されるばかり。劇場空間でしか得られないこの凄まじいパワー、演劇愛をぜひ受け止めてみて欲しい。
取材・文:宇田夏苗
撮影:平野祥恵
【公演情報】
6月7日(木)~17日(日) 本多劇場(東京)
チケットぴあでは6/9(土)より当日引換券の販売も開始!
【原作】上田岳弘
【脚本・演出】渡辺えり
【出演】青木さやか/大地洋輔/尾美としのり/久世星佳/土屋佑壱/土屋良太/土居裕子/原扶貴子/藤田記子/樋口浩二/ベンガル/三田和代/宮下今日子/屋比久知奈/渡辺えり/他