3月3日(土)より、東京国際フォーラム ホールCにて開幕する『ジキル&ハイド』。主役のジキル博士&ハイド氏をミュージカル界の貴公子 石丸幹二が引き続き演じるのに加え、新たなキャストでの待望の再演に早くも期待が高まっています。2012年と2016年の過去公演では、純白のエマ役で出演していた笹本玲奈さんもその一人。昨年一年の産休を経て、今作では180度と違ったルーシーとして、ミュージカルの舞台に舞い戻ります。
復帰を待ちわびた多くのファンの期待を背負って新境地に挑む玲奈さんに、今回の意気込みや女優としての転機について、そして、一度離れて改めて感じたミュージカルへの愛をたっぷり語ってもらいました。
―同作ではエマ役として、過去に2回出演されています。今回は役柄がガラッと変わりますね。
「私の中で、ルーシーは濱田めぐみさん(2012年・2016年上演)のイメージが強いです。めぐさんのルーシーは、しなやかで妖艶で、大人の女性という印象でした。それでも、ルーシーのナンバーは自分のコンサートではよく歌ってきたこともあり、いつかやってみたいという思いもありました。原作では出てこない役なのですが、それってすごく有難いことだなって。年齢設定や生きてきた背景など自分が考えてきた形で役作りができる部分もあるんですよね。これまで演じられてきた方とはまた違ったルーシーができるといいなと思っています」
―笹本さんの考えるルーシー像とは?
「2年前の上演から、ルーシーの言葉でとても印象に残っているセリフがあって...。ヘンリーのことを『あの人は私に優しかった』って言うんですけど、その言葉がすごく悲しいし、切ないですよね。彼女の今までの人生すべてを表していると感じたというか、たった一言優しい言葉をかけられたことで内面がガラッと変わるくらいに、これまで計り知れない苦労をして、残酷な人生を歩んできたんだなって。具体的にどんなことがあったかっていうのは今から紡いでいく部分だとは思うんですが、きっと親の愛も受けてこられなかったのかなとか、男性に心底愛されるってこともなかったんじゃないかなとか...。娼婦ですので体を求められても、心を見てもらえない。想像できない人生ですよね」
―そんな役柄へのアプローチにあたって、大切にしたいことは?
「苦しい人生を送ってきた彼女ですが、ピュアな部分を持ち合わせている女性だとも強く思うんです。いくら男性に体を売っても、芯の部分ではとても純粋で、少女のような心を持っている。今までガチガチに鍵をかけられていた、そんな彼女の純真さがヘンリーの優しさによって解かれていく。そこを大切に表現したいです」
―言葉や態度の奥にあるものですね。
「口では、『私は人生を捨てたの、どうでもいいの』って言いながら、憧れや夢を固い箱に閉じ込めて何十年も生きてきたんだなって。そういう部分を見せられたらって思いますね。『あんなひとが』や『新たな人生』という歌も、彼女がピュアな部分を持ち合わせているからこそ出てくるものだと思うので」
―19世紀ロンドンの過酷な社会背景の中で生きるルーシーですが、時代や環境は違えど、同じ女性として通じる部分もあるかもしれませんね。
「女性って誰しもがどこかで、愛されたい、とか、寂しさを埋めてもらいたい、とか多かれ少なかれ思っているんじゃないかなって。ルーシーにもそういうところがあって、そこが共感を呼ぶのかなって思います。物語は史実ではないですが、この時代の労働者階級の人たちがどういう暮らしをしていたのか、当時の娼婦の人がどれくらいのお給金をもらっていたのかとか、そういう時代背景にまつわる本や資料も今見ているところです。階級によって話す言葉、話し方も違うと思うので、そういったことも参考になるんじゃないかなと思っています」
―今回は歌うナンバーの印象もガラリと変わります。ワイルドホーンの楽曲にはどういう印象をお持ちですか?
「一言で言うと...役者泣かせですね(笑)。本当に大変な曲が多くって、喉に負担がかかります。『ミス・サイゴン』『レ・ミゼラブル』などでは、自分の音域にぴったりの曲をやらせてもらっていたのですが、今までのようなあどけなさが残る歌い方じゃダメですし、もっとねちっこくというか、情念のようなものを出していかなくてはならない。でも、音楽の力に乗せられてどんどん感情が溢れてくるんです。転調が多いので、気持ちがどんどん乗っていくし、演じる方も観る方も心を掴まれる。音を聞いているだけで感動させられるような力強さが魅力です」
―エマからルーシーへ。女優としても一つの"転調"となりましたね。
「階級社会の頂点にいる女性と底辺にいる女性。180度違う人生を背負っているなと感じています。ただ、そんなエマとルーシーにも共通点があります。育った環境や考え方は違っても、人を見た目で判断しない。うわべだけじゃなく、純粋な気持ちで心の中を読み取れる。そういう部分は唯一の共通点じゃないかなって。だから、劇中でも2人のデュエットがあって、同じ曲を一緒に歌えるんじゃないかなって」
―人間の持つ純粋さ、複雑さ、残酷さ、弱さ。ルーシーを始め、登場人物の心の動きにドキッとさせられる作品ですよね。
「そう思います。でも、人間ってそうですよね、心で思っていることすべてを口に出して言えるわけじゃない。ルーシーも頭と心では、『この人に引っかかっちゃいけない』ってわかっているけれど、体が言うことを聞かないというか。そういう一致しない部分はハイドっぽいというか、二面性を感じる部分。一言で言うと、人間の本質をついた作品ですよね」
―自分すら知らない、二面性に気づいてしまうかもしれない...。
「殺人が絶対にいけないことというのは大前提ですが、ハイドが罪深い人達を殺していくところは、ちょっと爽快だったりもするんですよね。『自分もジキルであり、ハイドなのかもしれない』とか、『自分はもしかしたら、今思ってる自分じゃないのかな』ってちょっと怖くなることもあります。そんな気持ちに、楽曲の素晴らしさが相乗効果で響いていく。観終わった後に、『さあ、あなたはどうですか?』って、投げかけられているような...」
―ちなみにですが、笹本さんにも意外な一面はありますか?
「そうですね、二面性とはまた違うかもしれませんが、今までは子どもがいる生活がどんなものかなんて、考えたことがなかったんです。でも、出産して、自分の中の大きな変化を感じました。生まれた瞬間に価値観がガラリと変わったというか...」
―どんな風に変わったのでしょうか?
「私生活を仕事に持ち込むことはもちろんダメだと思っているんですが、生活する上ではやっぱり子どもを優先することが多くなって。それに伴って、この先子供が育っていく中で、世の中がどのように変化していくのか、未来のことを考えるようになりました。今までは自分の今のことだけ考えていたのに(笑)」
―産休を経て、復帰。ミュージカルや女優業に対する心境の変化は?
「13歳でデビューしてから去年まで、ありがたいことにお休みなく仕事をいただいて、自分自身が話している時間よりも、役柄として話している時間の方が長いんじゃないかっていうくらい、女優として充実した日々でした。そんな中で、長い休みが欲しいなって思ったこともありましたし、自分を見失いそうになる時期もありました。でも、この一年間は、誰でもない"笹本玲奈"として生きてみたんです」
―なるほど。
「今更ながら、『あ、自分ってこうだった』っていう発見もありました(笑)。でも、休めば休むほど、ミュージカルへの想いは大きくなって、その愛が再確認できた期間でもありました。こういう風に離れる時間って大事だったと思えましたね。そうじゃないと自分を見失って、もしかしたら、舞台も嫌いになっていたかもしれない。一度距離を置いて、外からミュージカルという世界を見つめた時に、改めて自分にとってのかけがえのない場所を見つけた気がしました。そう感じてからは、一刻も早く復帰したい! 歌いたい!という気持ちでいっぱいになって、今回はそういう思いが爆発すると思います(笑)」
―1つの転機を経験された笹本さんの復帰作、楽しみにしています! 最後に復帰を待ち望んだファンにメッセージをお願いいたします。
「昨年は結婚、妊娠、出産と1年ほど現場からは離れていましたが、その間もインスタグラムなどを通して、コメントやメッセージを頂く中で『こんなにも待っていてくださる方がいるんだ』とものすごく励まされましたし、とても感謝しています。支えてくださったみなさんに期待以上のものをお見せできる様にしたいと思っていますので、楽しみにしていてください」
取材・文:杉田美粋
撮影:イシイノブミ