木ノ下歌舞伎の到達点。境界線上で揺れ動く人々を描く現代の『勧進帳』

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現代演劇の手法で古典の可能性を探る木ノ下歌舞伎がKAAT神奈川芸術劇場に初登場する。

上演するのは歌舞伎十八番 『勧進帳』
兄・源頼朝と不仲になり追われる身となった義経ら一行が山伏と強力に変装して安宅の関に差し掛かり、頼朝の命を受けた富樫左衛門と対峙するさまを描いた歌舞伎の中でも上演頻度の高い人気の演目だ。
木ノ下歌舞伎では2010年に初演後、'16年に完全リクリエーション版として上演。今回はその1年半ぶりの再演となる。演出・美術の杉原邦生に、創作の意図や作品の狙いを聞いた。

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ーー'10年に初演した 『勧進帳』 を、6年後に作り直した理由は何ですか?

 
 '10年の 『勧進帳』 は、木ノ下歌舞伎で初めて完コピ(歌舞伎の舞台映像の動きや言い回しを完全にコピーして演じること)を稽古に取り入れた一方、台詞の一部を現代語にした最初の作品でもありました。それまでは、演じるのが現代劇の俳優なのでイントネーションは現代的にしていたものの、台本は全て原語のままで上演していたんです。
でも、僕はそこに違和感を覚え始めて、完コピ稽古を提案しました。だから、僕と(木ノ下歌舞伎主宰の)木ノ下(裕一)くんにとって 「木ノ下歌舞伎の第二章が始まった」 と言えるエポックメイキングな作品になりましたし、初演が終わった直後からもう一度上演しようと話していたんです。ところが再演にあたり、初演の映像を見返したところ、凍えるくらいひどく思えて(笑)。
木ノ下くんにすぐ電話をして 「ヤバイよ」 と言うと、「いやいや、それは邦生さんが演出家として成長したからですよ、だいじょうぶです」 。その木ノ下くんもそのすぐ後映像を見て 「邦生さん、ヤバイですね」 って電話してきた(笑)。それで作り直すことになりました。

 

ーー具体的にはどこをどう変えたのでしょう?

 
 上演台本を全て現代語に直しました。今、僕の演出で言葉を一つ変える場合には、変えることによってその前後はもちろん、作品全体の中で何がどう変化するかを色々な方向から考えてジャッジしているんですが、初演時は言葉を変えること自体が初めてだったので、その新鮮な楽しさゆえに「面白い!」 と思ったらすぐOKを出していたんでしょうね、言葉の選択が甘かった。わざわざ台詞を現代語にした理由も曖昧でした。そこで'16年の稽古では「台本を全て口語にして、それでも歌舞伎と言えるかどうかを試したらどうだろう?僕が上演台本を書くから」 と提案したんです。やってみると、言葉を変えたことで演出の選択肢が広がり、自由になった感覚がありました。そうなると美術も、停止線が真ん中にあって矢印が書かれている"道路"を模した初演のものだとイメージや空間の持つ方向が定まってしまい、せっかく得た自由度を制限している気がしてきた。
発想を変え、初演からの舞台両側を客席が挟んでいるという空間構造は変えず、"境界線"というテーマをさらに推し進めて、細長い舞台そのものを真っ白な一本道の"ボーダーライン"に見立てて、その上で人々が揺れ動くさまを描くことにしました。

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ーー初演からの"境界線"というテーマは、どこから来たのでしょう?
 

 木ノ下くんからの提案です。『勧進帳』は、物語で言ったら「関」という境界線を越えるか越えないかだけのドラマ。でもそこには、義経VS弁慶たちの主従関係だとか、富樫VS義経・弁慶の対立関係だとか、たとえ心を通わせ合えたとしても越えられない様々なラインがある。さらに僕らは、初演でもリクリエーションでも弁慶役にアメリカ人俳優をキャスティングすることで、国籍や人種の要素を入れました。

リクリエーション版では弁慶をよしもとの芸人でもあるリー5世さんが演じてくれてます。また、初演では女優が演じた義経役を、リクリエーション版ではニューハーフの俳優、高山のえみさんにお願いしました。性の境界線を内包する人を新たに入れることで、より複雑で現代的な作品になったと思います。

ーー'16年のリクリエーション版を豊橋で拝見しましたが、現代的な感性での原作への言及や補足がかなり入っていると感じました。

 古典をやる際、その時代と今とではモラルも価値観もまったく違ってリアリティを感じにくいので、そこをどう噛み砕くかが重要だと考えています。一番多く書き足したのは、富樫と共に関を護衛している番卒や、義経に付き従う四天王たちの台詞。とにかく主役を目立たせるスターシステムの歌舞伎では、彼らにはほとんど台詞がないんですが、彼らを丁寧に描くことで弁慶・冨樫・義経の存在感がさらに際立つと考えました。具体的にいうと、例えば番卒たちが関所にいる間、そうしょっちゅう山伏が通るわけでもないだろうし、待っている時間が長くなればイライラもするだろうから、彼らの中で小さなぶつかり合いとかも当然あっただろうと想像して、そういう台詞を書き足したんです。その番卒たちと対になる四天王たちもキャラクターを様々に肉付けしました。これはとても楽しい作業でしたね。

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ーー一方、富樫に促されて弁慶が勧進帳を読み上げるくだりなどは、現代語とはいえ、原作通りの難解な内容になっています。

 
 "勧進帳の読み上げ"と"山伏問答"の場面は、木ノ下くんが直訳してくれたテキストをもとに、できるだけ分かり易い言葉にしました。さらにアメリカ人であるリー5世さんが言いづらい単語は変えたり入れ替えたりしていますが、それでも馴染みのない専門的な仏教用語などもたくさん出てくるので、難しいですよね。でも、そんな難しい内容を窮地に立たされた弁慶がとっさの判断ででっち上げたという凄さは伝わると思います。

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ーー様々な工夫を凝らして作り上げたリクリエーション版。観客の反応はいかがでしたか?

 
最初に上演したのが松本のまつもと市民芸術館だったのですが、とにかくお客さんがすごく盛り上がってくれました。ちょうどその時、同じ劇場の主ホールで串田和美さん演出の『四谷怪談』を上演していたので、出演していた中村勘九郎さん、中村七之助さん、中村扇雀さん、中村獅童さんといった歌舞伎俳優や、付き人さんや裏方さんたちまで観に来てくれて、客席で大歌舞伎公演ができるくらいのすごい顔ぶれでした。

七之助さんは「歌舞伎を現代化していると聞いて、正直スカした奴らなのかと思っていたけれど、ちゃんと歌舞伎だし『勧進帳』 だった 」 と言ってくださり、2晩続けて足を運んでくれました。また、終演後に行った飲み屋で偶然お会いした扇雀さんは、いかに面白かったかを1時間ほど熱く語ってくださいました。歌舞伎俳優の皆さんに観ていただけた上に、そういう感想をいただけたことは、単純にとても嬉しかったですね。

普段から木ノ下歌舞伎を観てくださっているお客さまからは 「一つの到達点だね」 という声が多かったです。それは僕らも感じていて、ちょうど'16年は木ノ下歌舞伎結成から10周年だったのですが、10年の間に様々なことを試してきた蓄積があって、僕と木ノ下くんの中で 「ここまでやっても大丈夫、歌舞伎と言える」 みたいなラインを共有していたからからこそできた作品だったと思います。

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ーー今回、関東では初上演。どんなことが伝わればいいなと思いますか?

この 『勧進帳』 には僕が演劇で表現し続けたいことが詰まっている気がするんです。例えば、僕は善/悪の二項対立が嫌いというか、そんなに単純に分けられないだろうって思うんです。それぞれにそれぞれの正義があり正解があると思う。それらがぶつかった時、相手の正義や正解を受け容れることができないから争いが起きるわけですよね。そうした対立が取り払われた平和な社会、つまり人間同士が互いを尊重しあえる社会の実現に、演劇が力を持てたらいいな、というのが、僕が演劇を続ける理由。と言いつつ、実際には、この世界に人間がいる以上、そんな社会が実現することはないとうこともわかってます。でもきっと、『勧進帳』の登場人物たちもどこかでそういう平和な世界を望んでいたんじゃないか。様々な境界線を越えた先に、皆が輪になって踊れるようなハッピーな世界があると思いたかったんじゃないか。そんなことを現代のお客さまにも感じてもらえたら嬉しいです。それが古典の面白さであり、カッコ良さだと思うので。

取材・文:高橋彩子

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木ノ下歌舞伎

『勧進帳』


【公演期間】
2018年03月01日(木)~2018年03月04日(日) 

【会場】

KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ

【監修・補綴】
木ノ下裕一

【演出・美術】
杉原邦生[KUNIO]

【出演】
リー5世
坂口涼太郎
高山のえみ
岡野康弘
亀島一徳
重岡 漠
大柿友哉

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