【開幕レポート】
ウィーン発のミュージカル『貴婦人の訪問 THE VISIT』が、プレビュー公演を経て11月12日にシアタークリエで開幕した。昨年、山口祐一郎、涼風真世ら、日本ミュージカル界が誇るスターたちの競演で日本初演され好評を得、1年3ヵ月のスピードで再演が決まった人気作だ。
舞台は財政破綻寸前の街・ギュレン市。若かりし日をここで過ごし、今は億万長者となった未亡人クレアが久々に街に帰ってきた。人々はクレアが街に経済援助をしてくれることを期待している。そして彼女を歓迎する晩餐会で、皆の期待どおりクレアは多額の寄付金の援助を申し出た。だがその交換条件として突き付けたのは、かつての恋人アルフレッドの「死」だった......。
クレアの真意はどこに? アルフレッドとクレアの過去に何があったのか? 街の人々は一体どうするのか? ...先の読めない展開にハラハラするが、単にスリリングなだけではなく、一筋縄でいかない物語だ。登場人物の心も、関係性も、どんどん移ろっていく。伏線や暗喩がふんだんに盛り込まれ、"行間"に情報がたっぷり詰まっている。中でも群集心理の描写が秀逸だ。クレアはアルフレッドの死を多額の寄付金の条件としてあげるが、能動的な殺人を要求するわけではない。街の人々もまた、誰かが直接的にアルフレッドを手にかけようとするわけでもない。だが"皆から愛される男"だったアルフレッドは、次第に"過去に罪を犯し逃げた汚い男"へとレッテルが塗り替えられていく。"死んでも仕方のない男""罪を償うべき男"となり、「察しろ」とばかりに、ひとつの方向へと空気が流れていってしまうのだ。このあたり、"空気を読む"民族である我々日本人にとっては特に背筋の凍る展開ではないだろうか。しかも、人々にはそれが"正義"の名の下に行われるという建て前もきちんとあるのだ。自分があの人の立場だったら、この人の立場だったら、どうなるだろう。どんな判断をするだろう。思わずわが身を振り返って考えてしまう。...さて、アルフレッドの運命はどうなるか? そのあたりは、舞台でご確認を。
昨年好評を得た熟練のキャスト陣は、今回も好演。アルフレッド役は山口祐一郎。人間でない存在や位の高い人物など、オーラの強い役どころを演じることの多い彼にしては珍しい、事態におろおろする小心者を弱々しく演じて新鮮。だが終盤で見せる腹の据わった顔は懐の広さが見え、やはりこの人ならではのアルフレッドだ。涼風真世のクレアは、おそらく自身にとっても新しい代表作になったであろうハマリ具合。大金持ちのビジネスウーマンらしい凛々しいクールな顔と、愛憎入り混じった感情をアルフレッドにぶつける激しい顔、どちらも圧倒される気迫。魂の熱演で、特にクレアが心情を爆発させる『世界は私のもの』の熱唱はこの1曲のみのために劇場に足を運ぶ価値がある。
▽ 山口祐一郎
▽ 涼風真世、山口祐一郎
街の要職についているアルフレッドの幼馴染たちに扮する今井清隆、石川禅、今拓哉、中山昇の4人のベテランも、安心の安定感。心変わりをしていく人々の代表格のような存在だが、それぞれに個性を出し、背徳感、自己保身、怯え、開き直り等、身につまされる人間心理を巧みに見せてくれている。そしてメインキャストでは唯一の新キャスト、アルフレッドの妻マチルデ役は瀬奈じゅん。華やかな役が多いこの人にとっては珍しい"おとなしい妻"という役どころだが、これがしっくり。控えめな可愛らしい奥さんで新境地を開いた。
▽ 瀬奈じゅん
▽ 今井清隆
▽ 石川禅
▽ 今拓哉
▽ 中山昇(中央)
楽曲も、不協和音が混じったりと一筋縄でいかないナンバーが多いが、どこか上品さと耳なじみの良さがあるのは、やはりウィーン産ならではだ。そして、ウィーンミュージカル常連俳優たちの歌唱は、観る者に充足感を与えてくれる。しかしやはり、際立つのは物語の巧みさだ。衝撃の結末で物語の幕が下りたあと、ギュレン市の人々はどうするのだろうか...。すべては語られず、そして語られないところこそが気になって考えてしまう、知的好奇心をもくすぐられるミュージカルである。
取材・文・撮影:平野祥恵(ぴあ)
【公演情報】
・12月4日(日)まで上演中 シアタークリエ(東京)
・12月9日(金)~11日(日) キャナルシティ劇場(福岡)
・12月17日(土)・18日(日) 中日劇場(愛知)
・12月21日(水)~25日(日) 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ(大阪)