■2016年版『ミス・サイゴン』 vol.7■
ベトナム戦争を背景に、普遍的でありながらも究極の愛の形と、戦争のむなしさを描き出すミュージカル『ミス・サイゴン』。
ベトナム人少女キム、アメリカ兵クリスの悲恋を中心に、何をしても生き延びてやるという貪欲さで混乱する状況下を泳ぎ渡るエンジニアら、さまざまな人々の思いや思惑が交差しくさまを、『レ・ミゼラブル』を作ったアラン・ブーブリルとクロード=ミッシェル・シェーンベルクの美しい音楽が包み込んでいく、大作ミュージカルの金字塔です。
日本では1992年の初演以降幾度となく上演を重ね、2012年には"新演出版"が登場、好評を博しました。
この作品が2016年もまた、新たなキャストを迎えて上演されます。
多くの俳優によって引き継がれていく『ミス・サイゴン』ですが、今年も多くの新キャストを迎えるほか、日本初演からエンジニアを務めてきた市村正親が、今回をもって作品を卒業するのも話題。
市村さん、日本での上演回数1368回のうち、809回の舞台に、エンジニアとして立っています!
10月15日にはじまったプレビュー公演を経て、いよいよ10月19日に初日を迎えるこの『ミス・サイゴン』。
19日の初日前、市村正親さん、キム役の笹本玲奈さん、クリス役の上野哲也さんによる囲み取材が行われました。
△ 会見は、劇中『アメリカン・ドリーム』のシーンのセット、自由の女神像&キャデラックの前で行われました。
――まずはひと言どうぞ。
市村「ようやっと初日が来ました。頑張ります」
笹本「8月のあたまからお稽古していたので、私もようやく舞台に立てたと、楽しみで仕方ないです」
上野「今回僕は2回目なんですが、演出家(海外から来る演出補)も変わり、自分の中のキャラクターもけっこう変わっているので、前回とは違う緊張感と高揚感があります」
――市村さん、復活ですね。
市村村「こないだ(2014年の前回公演)は胃がんで降板しましたからね。復活と同時にファイナルです。でも次の再演の時、元気だったらやっちゃうかもしれないけど(笑)! 一応ファイナルということで、頑張ろうと思ってます。体調は非常にいいんですよ。万全です! でも人間明日のことはわからない。僕、3年先までスケジュールは決まってるけど、4年後は決まってないんです。体調次第ですね、明日のことはわからないから。次はもし元気だったらリターンするからね!「本当の復活!」とか(笑)」
――エンジニア役、初演から25年演じています。25年続けるのは大変でしたか?
市村「25年、あっという間にたっちゃったけど、その25年も(中身が)詰まりに詰まってるからね。少しはのんびりしたいなと思うんですが、まだまだ、仕事の量が厳しいですね」
――そういう市村さんは、おふたりにとってどんな存在ですか?
笹本「市村さんが舞台に立つだけで、本当にベトナムの空気が流れる。市村さんと一緒にお芝居をしているだけで、ぐっと引き込まれていきます。カンパニーがひとつになって、『ミス・サイゴン』の世界で生きるという絆が強くなるんです。すごく不思議な存在感がある方だなと思っています」
上野「僕、2012年のアンサンブルで最初に入ったんです。市村さんは覚えていらっしゃらないと思うんですが、その時に、本番中の舞台袖で、当時憧れの役者さんである市村さんが、僕の名前を呼んで「お前、マジメだな」と言ってくれて...」
市村「あぁ、言ったね、覚えてる。青山劇場ででしょ」
上野「そうです、そうです! あれがすごく嬉しくて。ああ、見てくれているんだなというのが」
市村「マジメだなというのは、けなしたんだけどね(笑)、つまんねーなって」
上野「ちょっと待ってくださいよ、僕それを糧にして、励んできたのに(笑)! でもそれが印象的で、それで前回、そして今回もご一緒出来るということが本当に嬉しくて」
市村「...今のは冗談ね。マジメだなと言ったのは、つまらないという意味じゃなくて、色々なことを考えてちゃんとやってるなということで言ったんだよ」
上野「ありがとうございます、良かったぁ~!」
――この『ミス・サイゴン』という作品の見どころは?
市村「まず曲の良さ。それと、今の時代でもどこかで戦争は起きている。戦争は人間が起こすことなのに、一番ひどい目にあっているのは人間。戦争に対する厳しい見方を僕たちもしなきゃいけないなと思ってるし、そういうものは起きないように、と思いますが、なかなかなくならないんだよね。だけど、こういう悲惨な中でも、僕の演じるエンジニアは生き延びていくというバイタリティの元祖みたいな役。生きる力をみんなに届けられたらいいなと思ってます」
笹本「ひとつのミュージカルとして、歌もあるし、ダンスもあるし、華やかなので、ミュージカルをあまり観たことのないお客様にも楽しめる作品ではと思います。また登場人物ひとりひとりにそれぞれの人生があって、アンサンブルの方にも役名があるし人生がある。リアルに描かれているので、舞台を見たときにメインキャストではなく後ろの方を見ていてもすごくリアリティがある。ベトナムにタイムトリップしたような感覚になれる作品だと思うのが、魅力的だと思います」
上野「音楽が素敵なのはありますが、役者としては、素敵な音楽に乗ってしまってはいけない、ある種、曲と戦うところがこの作品の面白み。例えば『世界が終わる夜のように』というキムとクリスの素敵なメロディのデュエットがあるんですが、その素敵なメロディにのって、ふたりはムーディになってはいけない。切なさとかを持って演じきらなければいけないという緊張感が客席と共有出来たときの楽しさがあると思います」
市村「マジメでいいね(笑)!」
――市村さん、初演の頃の思い出をお願いします。
市村「それまでは日生劇場が多かったんですが、初めて『ミス・サイゴン』で帝国劇場に立ったんです。この空間はやっぱりデカいんです。今の僕にとってはちょうどいいくらいのサイズになったなという気がしますが、やっぱり色々なことを思い出しますよ、(本田)美奈子のこととかもね。僕にとっては、劇団を辞めて初めてオーディションに受かっての大作だった。本番が1年半、「『ミス・サイゴン』スクール」を入れたら約2年半。高校の3年間をみんなと共にしていた、くらい。やっぱり本当に初演の1年半は、いい経験をさせてもらったなという感じ。この作品があったから、(劇中歌の「アメリカン・ドリーム」ではないが)、僕のミュージカルに於けるドリームもかなえることが出来た。貴重な作品です。
初演の時は、オーディションで受かって集まった連中が、すごい奴らばかりで、そのメンバーで1年半乗り切って、『ミス・サイゴン』を日本に定着できた、その時のアンサンブルの顔は、今でもしっかり覚えていますし、戦友だなと思っています。美奈子が隣の楽屋でね。お父ちゃんと僕のこと呼んでいました。公演回数もふたり多くて。一日2回公演のときは間、一緒にご飯食べたり。舞台の上で彼女が怪我をしたことも、その場にいた人間として生々しかった。今思うのは、美奈子がやりたくてやりたくてしょうがなかった『ミス・サイゴン』を、僕はまだやれているわけだから、お前の分も頑張るぞという気持ちで、同じ帝劇で、美奈子の思いも込めて『ミス・サイゴン』を演じたいなと思います。...マジメだね(笑)」
――最後に、お客さまにメッセージを。
市村「今日から始まる『ミス・サイゴン』ですが、来年1月の名古屋まで、旅公演もあります。初演の時は帝劇でしかできなかったのですが、こちらから皆さんの町に行きます。僕は800回以上エンジニア役をやっていますが、いまだに飽きることなく、毎回が楽しく新鮮にやれるこの『ミス・サイゴン』、僕は自信を持っておすすめしますので、ぜひ、まずは帝劇に観に来てください、お待ちしています」
取材・文・撮影:平野祥恵(ぴあ)
【公演情報】
・10月19日(水)~11月23日(水・祝) 帝国劇場(東京)
・12月10日(土)・11日(日) 岩手県民会館 大ホール
・12月17日(土)・18日(日) 鹿児島市民文化ホール 第1ホール
・12月23日(金・祝)~25日(日) 久留米シティプラザ ザ・グランドホール(福岡)
・12月30日(金)~1月15日(日) 梅田芸術劇場メインホール(大阪)
・1月19日(木)~22日(日) 愛知県芸術劇場 大ホール