『ミュージカル李香蘭』出演 野村玲子インタビュー

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日本人でありながら、中国の歌姫「李香蘭」として生きた女性・山口淑子の数奇な半生を綴る『ミュージカル 李香蘭』
日中戦争を背景に、戦中は日本軍の宣伝工作に利用され、戦後は祖国反逆者として中国の法廷で裁かれた実在の歌姫の姿を、戦争の悲劇や当時の軍部の思惑、その中でもほのかに咲く恋、そして日劇での華やかなショーなど、様々な要素を織り交ぜ描き出していく作品です。

日本オリジナルミュージカルの中でも高い人気を誇り、1991年の初演よりコンスタントに上演され続けている傑作が、<浅利慶太プロデュース公演第2弾>として、終戦70年目の今年、ふたたび上演されます。

<浅利慶太プロデュース公演>は、劇団四季の創設者であり、元代表の浅利慶太氏が、
「組織のトップとしての束縛から解放され、自由に、しなやかに仕事ができる居場所が欲しい」(『ラ・アルプ』3月号より)と今年発足させたプロジェクト。
『ミュージカル李香蘭』は、4月に上演された第1弾公演『オンディーヌ』に続く、2作目です。

そして李香蘭はこれまでに様々な女優が演じてきていますが、その中でもこの作品の"李香蘭"といえば、多くの観客がこの人の顔を思い浮かべるでしょう。

初演からこの役を演じている、野村玲子さんにお話を伺ってきました。

◆ 野村玲子 INTERVIEW ◆

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――久しぶりの『ミュージカル李香蘭』ですね。今、お稽古に参加されていてどんなお気持ちですか?

「今回は終戦70年ということと、昨年、李香蘭(山口淑子)さんがお亡くなりになり、今回の公演の最中に一周忌を迎えます。今まで以上に山口先生と出会えたこと、この作品に出会えたことに対する感謝と、平和への思いを胸に刻んで、お稽古に参加しています」


――野村さんはこの作品に初演から関わっていらっしゃいますが、初演当時の思い出など教えていただけますか。

「李香蘭さん...山口淑子さんの半生には、ミュージカル化するというような話もまったく出ていない時に、本で出会いました。初めてその本を読んだ時、ちょうど『エビータ』という作品を上演している最中だったんです。エバ・ペロン(エビータ)は1919年生まれで、李香蘭さんは1920年生まれ。ほぼ同時期に、地球の真裏で人生を歩まれた方たちの半生を同時期に体験し、本当に数奇な運命を生きられた方たちっていらしたんだわ...って思いました。その後、舞台化するときいて、どんな作品になるんだろうと、ワクワクしていました。
...でも、実際に一番最初の、たたき台の台本を頂いて、そもそもバックボーンである歴史自体をしっかり学んできていなかった世代でしたので、自分の無知さを思い知らされて、それはそれは大変でしたね。まず勉強しろ、と」

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――たしかに「戦争の悲劇を語り継ぐ」という思いが込められた作品だと思いますが、俳優さんたちは戦争を知らない世代で、それを身体にしみこませるのは大変なのでは。

「まず自分たちが歴史を...戦争という時代の歴史を知って、その先にいま、自分たちの人生があるということをきちんと理解しないといけないと思っています。その上で、これから私たちはどうやって生きていくかということを含めてお客様にお伝えしたいですし、山口先生を含め、その時代に翻弄された方たちへの思いをきちんと持って、舞台を務めたいとも思っています」


――戦後70年で、どんどん戦争の時代が遠くなっていますが、世界の目線でみたら争いごとはありますし、日中友好などのテーマは今の国内の状況としても、今だから響く部分もありそうです。

「初演の頃には、『ミュージカル李香蘭』を上演するたびに、世界のどこかで大きな戦争が...ということもありました(初演の1991年には湾岸戦争が勃発)。それがなくなることを願って上演し続けてはいますが、今でもそういった問題は、起きていますよね。先日テレビを見ていてびっくりしたのですが、若い子が「アメリカと戦争したことなんてあったんだ」と言っていて。学生さんをご招待して上演していた時期もありましたが、「本当に知らなかった」と感想を送ってくださった子もいました。やっぱりきちんと、あったことはあったこととして、知っていて欲しいと思います」


――伝えたいという"使命感"。この作品は重みが違うものですか?

「やっぱり違いますね。私のことで言いますと、私自身もずいぶん後で知ったのですが、父の兄が沖縄戦で亡くなっていて。父は最後に兄と小高い丘でおにぎりを食べながら話して、その時に何かを伝えられたらしいんですが。たぶん劇中の『わだつみ』のシーン(『若き戦士の辞世』)で伝えているものと同じような"思い"だと思うんです。さらに言えば、父が何歳か上だったらきっと父の兄と同じ道をたどっただろうし、そうしたら私もこの世にいなかった。そう思うと、やっぱり今に繋がっていて、その中で自分がいることのありがたさを感じます。そういう話をまわりで聞くたびに、本当に誠実に向き合わなきゃって思います」
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――ところで、山口さんが亡くなってもうすぐ1年。野村さんは山口さんに実際にお会いになっていらっしゃるんですよね。

「はい、何度も。公演も、しょっちゅう観てくださいました。本当に、お写真どおりの美しい方で、そして非常に頭の回転が速い、素晴らしい方。最初にお目にかかった時に、この人を演じるなんて、どうすればいいんだろうというプレッシャーで大変でしたが、そういうことすら山口先生はすぐに見抜かれて、大丈夫、玲子さんの好きなように、『ミュージカル李香蘭』という作品の李香蘭を作ってくださっていいですから...っておっしゃってくださいました」


――そのプレッシャーはどのように払拭していったのでしょう?

「わからないことは直接、お話をお伺いできた...というのが大きいですね。李香蘭さんとしての歌唱法とか、中国語が堪能でいらしたので、中国の発声とか」


――"李香蘭さんらしい歌い方"というものも再現していらっしゃるのですね! むしろ私たち世代ですと、実在の李香蘭さんの歌は知らず、この作品上での李香蘭の方が身近だったりしますので、そこまでの再現をされていることは知りませんでした。

「自分の歌の中には、胡弓のメロディみたいな感じが入っているので、そこのところだけは注意して欲しい、ということを実際に教えていただきました。音と音の間にポルタメント(ある音から別の音に移る際に、滑らかに徐々に音程を変えながら移る)がかかるんですよ。本当に胡弓の音色のような...その流れのようなものがあるんです」


――そんな李香蘭を、野村さんは実際に山口さんが李香蘭だった以上の年月、演じていらっしゃいます。その中で何か感じ方が変わってきた...というようなことはあるのでしょうか?

「そうですね。1991年からですから、おかげさまで長い間、お付き合いさせていただいています。その間、この作品だけでなく色々な演目にも関わって、自分の人生がその都度、作品に反映されていく。それが役者としての醍醐味でもありますが、これだけ長く関わらせていただいている作品はほかにないので、『ミュージカル李香蘭』でももちろん、自分の変化が、作品に反映されているんじゃないかなと思います。共感できる部分も微妙に変わってきていますし、やっていても面白いですよ」


――例えば今回では、どんなところに共感しますか?

「うふふ、まだ内緒です(笑)。それは実際にお客さまに、舞台を観ていただいて...」


――ただ、人ひとりの半生を演じる...ということは、使うエネルギーとしても大変なのでは...と思うのですが。

「初演当時は、俳優としても若かったですし、120パーセントのエネルギーをそそいで...という感じでした。でも、自分でもこれでは身体がもたないなと思いましたし、師匠でもあり劇団四季の創立メンバーでもある日下武史さんにも、このままいったら、役と自分との関わり方が破綻するぞと言われて。役と自分が向き合った時に、自分を刻んで役そのものになるという演じ方もあるけれど、そうじゃなく、役の前で自分が透明体になる...、そういうやり方もあると演出家(浅利慶太氏)にも言われ、そこに近づけるようにしたいと思ってからは、"どっぷり"という感じではなくなりました。ただこの作品は歴史そのものを描いていますから、熱い思いといいますか、作品に対する誠実な思いは欠かさず持っています」


――たしかにメッセージが重いだけに、のめりこみすぎちゃうと、観る側にも重く映ってしまうのかもしれません。

「本当に。淡々と、というのは、演出家からも、よく言われています」


――ただ淡々と描くだけでも、李香蘭さんの人生はかなりドラマチックですよね。華やかなショーシーンもあり、恋愛もあり。やっていてお好きな場面はありますか?

「日劇のシーンは華やかでいいですね。山口先生はこうやって、この時代にぽっとひとつ、安心できる瞬間を舞台を通してお客さまに与えていらしたんだなとイメージしながら演じています。それから最後の裁判のシーンで、それまでは自分の思いというものをずっと言わないできた李香蘭が、はじめて心情を吐露します。そこは毎回やっていてもいいシーンだなと思いますし、裁判長が朗々と「以徳報怨」のテーマを歌い上げるところは感動します」

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――少しお話が変わりますが、今回の『ミュージカル李香蘭』は<浅利慶太プロデュース公演>の第2弾です。4月に上演された第1弾の『オンディーヌ』を拝見しましたが、ずいぶん演出も変わり、新鮮で素敵な舞台でした。あの時、野村さんとしては久しぶりの舞台出演でしたが、どんなお気持ちでしたか?

「公演自体が嬉しくて仕方なかったです。『オンディーヌ』は劇団四季創立メンバーの方たちの原点で、フランス演劇...アヌイ、ジロドゥの作品を上演できるような劇団にしたいという熱い思いで立ち上げられた劇団でしたから、その作品はどうしても上演しなくてはいけないと思っていました。だから本当に嬉しかったです」


――『オンディーヌ』があれだけ演出面でも、全体の印象も変わっていましたので、『ミュージカル李香蘭』もどうなるんだろうという期待があるのですが...。

「『オンディーヌ』でも、俳優としては前回のイメージがあり「え、ここをカットするんですか!?」というようなものがたくさんあって、それはすごく抵抗もありましたが、実際それを身体に入れて、作品にしてみると、すごくタイトできゅっと作品が締まりました。今回もだから、どうなるのか楽しみにしています。どう変わるのかは、演出家のみぞ知る...というところですが(笑)。
今回、キャストはオーディションでしたので、本当にがらりと変わり、それだけでも今まで四季でやってきた舞台とは違って新鮮です。私は19歳の時から劇団ひとすじでしたから、座内の俳優としか演じた経験がないんですよ。もちろん、時々外部の方がゲストで...ということはありましたが、これだけ様々なバックグラウンドの方に囲まれて、というのは本当に初めてで毎日新鮮です。
でも四季では最初の段階から、母音法、呼吸法、折れ法、すべて叩き込まれて、その上で舞台に立ちますが、そのメソッドじゃないところで仕事されてた方たちと今回ご一緒していますでしょう。彼らに、演出家から要求されるメソッドを伝えると、本当に、すごいキラッキラの目でくらいついてくるんですよ。それもすごく新鮮。私としても、今までですと初めて組む方でも、何かしらほかの演目で関わってきた人たちとやっていたので、「こうくるな」というのがだいたいわかっていたのですが、今回は意外な展開ばかり(笑)。自分が慣れていたものをそぎ落として、いまの交流から生まれるものを積み上げていけたらなと思ってやっています」


――今回の上演に際し、演出の浅利さんから改めて言われたことなどありますか?

「"戦争の歴史の実感"を言われています。到底100パーセントは無理ですが、実感にどれだけに近づけていけるかが、役者の作業だぞ、と。その実感を持った上で役と対峙し、そういう人たちが集まった時に『李香蘭』という作品が生まれるんだと思います。毎回そうですが、記録を読んだり、映像をみたりと勉強をして、内的なものをきちっと積み上げていく時間をいま、求められています」


――今回、初めて作品に参加される方たちが多いとのことですが、みなさんで勉強会をしたりするんですか?

「映像や本といった記録をまとめて貸し出しする場所が稽古場にありまして、それぞれが勉強していますよ、貸し出しノートに名前を書いて(笑)。私たちが20数年前に「知らなくて恥ずかしい」と思ったことを、きっと同じように体験されているんでしょうね。それに実体験がある演出家が、当時の話をしてくれます。それこそ空襲の実体験とか。何かを見たりするより、そのことが一番リアルに感じたりもします。『わだつみ』の遺言を語るシーンなんかは、おそらく今頑張っている俳優たちと同年代の人たちの思いですから、それを嘘のないように、彼らへの誠実な思いをもって、勉強してやっているんだと思います」


――そんな彼らの姿を見て、野村さんもまた思うこともおありなのでは。

「確かにそうです。私も慣れているつもりはないのですが、やっぱり人間って、摩滅していくものなんだなと思います。前回、共演している俳優とのシーンでも、エッジが切れていない、摩滅していると、ダメ出しや指摘を受けて「そうなんだ」と毎回気を引き締めています。
演出家はよく"自分は鏡だ"と言うのですが、そこに映る真実を見せられて私たちは「うっ」となるのですが、辛いですがそれを100パーセント受け止めて頑張らないと。私たちは実際に自分自身を見ることはできない職業ですから。ただ、演出家は「俺は別におまえたちをいじめるつもりでやっているんじゃない、観たまま、観客の代表として言っている。だから、違うものは違うし、出来ていないものは出来ていないと言うだけだ。君たちが映ったものをきちんと受け止めるか、受け止めないかだけだよ」と言っています。その、受け止めることが大変なのですが、真実を映してくれるんですよね」


――反論できない厳しさがありますね...。最後にまた少し話題を変えて。野村さん自身、今後女優としてこんなことをやっていきたいというものはありますでしょうか。

「やっぱりストレートプレイはコンスタントに上演していきたいと思います。アヌイ、ジロドゥも、シェイクスピアも。前回、これだけ『オンディーヌ』が印象かわりました。自分の中で完成したと思っているものが、そうではないということがはっきりわかりましたので、同じ作品の再演にしても、新しい演出で上演できると思っています。そこには食らいついていきたい。
あとシェイクスピアひとつとっても、違う役柄でチャレンジすることもできますし、そのあたりも楽しみにしています」


取材・文:平野祥恵(ぴあ)
撮影:石阪大輔
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【公演情報】
8月31日(月)~9月12日(土) 自由劇場(東京)

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