蘭寿とむが新たな扉を開けた。
オリジナル・ダンス・ミュージカル『ifi(イフアイ)』で宝塚歌劇団退団後の初舞台を踏んだ蘭寿。新たなチャレンジに取り組む蘭寿と、「もし、あのとき別の道を選んでいたら......」と考える『ifi』の主人公、ユーリの姿はどこか重なって感じられる。
『ifi』のストーリーはこうだ。
ニューヨークで映画監督をしている女性、ユーリは不慮の事故により恋人ヒロを失ってしまう。ヒロの死を自分のせいだと思い自責の念にかられたユーリは、占い師の導きにより異世界「ifi」へと堕ちていく。そこで広がっていたのは、占星術と彼女が撮った映画の世界が混ざり合った摩訶不思議な世界だった。そこでユーリが見たものは......。
蘭寿が宝塚で最後に演じたのがハリウッドの大物プロデューサー役(『ラスト・タイクーン』)だから、今回の女性映画監督という設定は作・演出の小林香が蘭寿のために用意した、もう一つの「ifi」というところだろうか。
ギリシャ神話の「オルフェとユリディス」の設定を取り入れ、現実と幻想が絡むストーリーの中で、人生の選択肢に悩む等身大の女性に蘭寿が真正面から挑んだ。宝塚花組の男役トップスターとして「理想の男性像」を演じていた蘭寿にとって、リアルに流れる感情をそのまま表現するのは初めてのこととなる。真摯に役柄に取り組んで、ユーリの心の揺れ動く様やヒロへの思いを繊細に表現して、「女優・蘭寿とむ」の誕生を鮮やかに印象づけた。
ユーリが撮った映画の場面がifiの世界で再現されるという設定で、様々なタイプのダンスシーンが繰り広げられるのが本作の見どころだ。また、プロジェクションマッピングと生身の人間の姿を融合することによって、非現実の「ifi」の世界を舞台上に出現させたことにも目を見張る。世界屈指のダンサーであるケント・モリ、ラスタ・トーマス、辻本知彦、白河直子、佐藤洋介(BバージョンSHUN)らと並んで、蘭寿は宝塚で鍛え上げたショーマンシップで華やかに場を盛り上げた。『エステュデイオ』の場面ではノリのよいラテンナンバーで客席と舞台を一体化し、『キャバレティスト』のシーンではセクシーな魅力を初披露する。何より素晴らしいのは、蘭寿のダンスにはドラマがあることだ。ユーリの心情が変化していく様をそれぞれのダンスシーンに映し出して、特にラスト近くに見せた白い衣装での群舞は感動的だった。
『ifi』のもう一つの見どころは、ワールドワイドな視点で集められた「才能」が集結していること。日本でのミュージカル出演は初めてとなるパク・ジョンミンはヒロの弟で、ユーリにひそかに思いを寄せるという役どころ。ジョンミンのソロの歌で、伝えたくても伝えられない切ない思いが劇場いっぱいに広がった。ヒロ役のジュリアンは『RENT』のロジャー役以来、約2年ぶりの日本での舞台となったが、歌声にさらに深みが増して、ニューヨークでの演劇修業の成果を見せた。ケント・モリのオリジナリティあふれるダンスは圧倒的な迫力を放つ。ケントが役者として舞台で台詞を言うのは『ifi』が初めてとのことだが、独特の存在感は占い師役にピッタリだ。さらにはラスタ・トーマスや白河直子、辻本知彦などビッグネームが並んだ様は「ダンス界のドリーム・チーム」と言っても過言ではない豪華さだ。
「もし、あのとき違う道を選んでいたら......」それは一度は誰もが思うこと。ユーリと共に「ifi」の世界を彷徨った後では、私たち観客も新たな扉を開けられるかもしれない。そんな前向きなメッセージが伝わる作品だ。
なお、初日に観劇したのはヒロ役をジュリアンが演じるAバージョン。ヒロ役を黒川拓哉(LE VELVETS)が演じるBバージョンでは、Aバージョンとは異なるストーリーとエンディングが用意されているというから、AB両バージョン共に見逃せない。
(文/大原 薫)