「母に欲す」公演レポート

いつまでも観ていたいほどの家族劇
「母に欲す」

日本映画界に衝撃を走らせた「愛の渦」などのビビッドな作品作りに定評があり、時代を、人間の本質を抉り出す、類稀な才能・三浦大輔(ポツドール)。
ロックバンド・銀杏BOYSの峯田和伸大注目の若手俳優・池松壮亮とタッグを組み、「息子にとっての母親」をテーマに演劇作品づくりに挑む!

そんな大注目の公演に公演レポートが到着しました。
大阪公演は8月2日(土)・3日(日)より。全国の皆様、チェックです。

「母に欲す」 撮影引地信彦-_D4S6117小.jpg
撮影:引地信彦

感情を強く揺さぶられる
母を亡くした家族の風景

いつまでも、いつまでも、見続けていたい。約3時間10分(途中休憩あり)という上演時間を長く感じるどころか、まだまだ観ていたい、という感情が湧き上がる。そんな不思議な体験ができる舞台『母に欲す』が、まもなく大阪で幕を開ける。7月10日より東京・PARCO劇場で開幕、早々に4本もの新聞劇評が出た。もちろん賛否はある。しかし数多く上演されている現代劇の中から本作を選んでいることで、演劇の目利きたちが「書きたい」「伝えたい」気持ちに駆られたのかが分かる。それほど感情を強く揺さぶられる作品だ、という証しだともいえる。
「マザコン讃歌、マザコン万歳という芝居」と語る作・演出の三浦大輔は「息子にとって母親とは」をテーマに、急に母を亡くした兄弟が、その深い悲しみをどう昇華させていくのかを描いている。この作品、観劇するというよりも「風景を眺める」「感情を空気で感じる」「覗き見る」という感覚で、客席に身を置いて欲しい。すると、あなたにしか見えない景色が見え、あなたにしか分からない感情が生まれるはずだ。胸が締め付けられたり、内臓が震えるような感覚を味わったり、センチメンタルになったり、ノスタルジックになったり、ジリジリと、ザワザワと......それはもう言葉では言い表せないほどの複雑な感情を味わえる。


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撮影:引地信彦

峯田和伸・池松壮亮ら
俳優の熱演に心打たれる

 その効果を生んでいるのは、やはり兄弟役を演じている峯田和伸と池松壮亮の力が大きい。兄を演じる峯田は、今回初舞台。若者から絶大なる人気を誇るロックバンド「銀杏BOYZ」のボーカルだ。音楽ファンはきっと、芝居よりもライブを願っているだろう。しかし、俳優として舞台に立つことも、ミュージシャンとして歌うことも「表現する」という意味では変わりはない。初めて知る者も彼の熱演を見て、カリスマ性の理由が納得できるはずだ。彼のファンは、1幕終盤に興奮するだろう。また彼が歌う主題歌は、座席から立てなくなるほどの力を持つ。
弟役の池松は、子供のころから映画やドラマで活躍、最近ではドラマ『MOZU』での怪演が話題になった。舞台上の彼のあまりにリアルな演技には舌を巻く。まさにそこに生き、この家族の弟として存在しているからだ。いじらしい弟像が浮かび上がり、愛おしくてたまらない。多くの映画監督が、彼を指名する理由が頷ける。
 また、田口トモロヲが作り出す兄弟の父親も秀逸。田口だからこそ、愛嬌のある父親となった。片岡礼子が演じる、新しい母として家族に受け入れられるよう努力する女性の危うさは、観客の男女で意見が分かれるだろう。それが芝居の面白いところだ。
京都造形大学在学中より注目を集める新人女優・土村芳、三浦大輔主宰の劇団ポツドールのメンバーである米村亮太朗、三浦作品には欠かせない古澤裕介の演技も、ドラマに膨らみを与える。この出演者7名全員で緻密な劇空間を作り上げている。

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撮影:引地信彦

大友良英の音楽で際立つ
三浦大輔のホームドラマ

また音楽も素晴らしい。NHK連続テレビ小説『あまちゃん』の音楽でも知られる大友良英の劇伴が、登場人物たちの心境を際立たせ、観客へ優しく且つ強く届ける役割を果たしている。
これまでの三浦大輔作品は、舞台も映画も過激な部分を取り上げられることが多かったせいか、敬遠している人は少なくないと思う。しかし本作は、山田太一や向田邦子が描いてきたホームドラマを好む大人たちにも勧めたい。これは現代の日本の家族劇だから。ありきたりな言葉ではあるが、百聞は一見に如かず。なぜ多くの見巧者たちが綴りたくなったのか、なぜ多くの観客たちが涙したのか。大阪でたった2公演という貴重な機会、劇場空間の中に入って確かめて欲しい。大阪公演の幕が下りると、もうこの兄弟に、この家族に会えない......それを考えるだけで寂しい。そんな感傷的な気持ちになったところで筆をおく。
(文=金田明子)




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