ノーベル文学賞受賞劇作家ハロルド・ピンターの『昔の日々』を、世界的に活躍する演出家、デヴィッド・ルヴォーが上演。男女3人の濃密な関係が描かれた作品に、女優・若村麻由美が挑んでいる。
生前のピンターから直接「この作品を上演してほしい」と言われていたルヴォー。稽古場でも、ピンターとルヴォーの強い信頼関係を感じると話す。「ピンター作品を絵で例えると、抽象絵画。表面に見えているところと、その下に隠れているもの、もっとその深くにあるもの...と、ミルクレープのように何重もの層になっていて、稽古場ではそれをいかに見つけられるかという作業をしています。それは、ピンターのことをよく知っていて、作品の中に隠されている世界観をとてもよく理解されているデヴィッドの演出だからこそ、いろんな層が見えてくるんですよね。ピンターの戯曲をデヴィッドが上演することがどんなに特別なことか、肌で感じることができて本当に幸せですね」
16年前に『テレーズ・ラカン』で初めてルヴォーの演出を受け、今回が3度目。15年の時を経てさらに大きくなったルヴォーとの稽古は、「毎日エキサイティング」と言う。「格闘中という言葉がぴったりで、いろんなものを刻まれています。大変なのは、ルヴォーの演出というよりも、未知なるものが無尽蔵に含まれているピンター作品に向き合うこと。とても集中力を使うから、稽古終わりには3人ともボロボロ(笑)。ものすごく想像力を掻き立てられる作品だなと、お稽古をしていて強く感じますし、イマジネーション次第でいろんな風に観ることができる作品だなと思います。一つひとつの意味を辿るのではなく、ただその瞬間瞬間に身を委ねながら観ていただければ、私たちと一緒に大きな旅ができる作品です」
本作は、人間の記憶や欲望について描かれた作品で、登場人物は1組の夫婦と妻の旧友。3人が昔の日々を語り合ううちに、記憶が歪み...という、官能的でミステリアスな物語。若村は受身であまり多くを語らない妻・ケイトを演じる。「夫のディーリーと旧友のアナが私を巡って記憶合戦をしている様子を、静かに聴いている立場。それが積み重なって息苦しくなり、最後にどうなるかが一番の見どころですね。愛する欲がどういうものなのかを感じるきっかけにもなるのでは、と思います。どこに自分を置いて観るかで、きっと全然印象が違う。何度も観ていただける作品ですし、何度も観た方がもっと面白くなると思います」
取材・文:黒石悦子