ケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下KERA)さんの代表作を、新演出&新キャストで上演するシリーズ企画「KERA CROSS」。その第1弾『フローズン・ビーチ』が間もなく開幕します。そこで現在、都内某所で行われている稽古の様子をレポート。その連載企画の第3弾です。
今回注目するのは、双子の姉妹・愛と萌のふた役を演じる花乃まりあさん。
元宝塚歌劇団の花組娘役トップで、退団後はドラマ『越路吹雪物語』で2018年に女優デビュー。演出の鈴木裕美さんとは、『二十日鼠と人間』(2018年)以来、2度目の顔合わせになります。
この日は第2場を稽古中。義母の咲恵と愛がふたりで暮らす別荘に、愛の友達の千津と、その親友の市子が8年ぶりにやって来ます。ここから...。
こうなった経緯は本番を楽しみにしていただいて...。
なんでもないはずの日常が、突如大きくうねり出すのはKERAさんの脚本ならではです。
そしていったん退場していた愛が、血のついた包丁(!)を持って再び登場。物語は一気に緊張感を増していきます。
千津、市子、咲恵に比べれば、花乃さん演じる愛は、裕美さんいわく「元々のつくりが一番おバカに出来ていない」女性。それゆえ一番周りに翻弄されてしまう女性でもあります。実は花乃さん、別のキャストが体調不良のため、急遽代役を任せられたのですが、稽古参加初日にはすでにすべてのせりふが完全に入っていたそう。その真面目さ、演じることへの真摯な姿勢は、愛の真っすぐさにも通じるものがあります。
そんな愛がブルゾンちえみさん演じる市子に包丁を!
第2場の冒頭からここに至るまでの激動の展開に、稽古とはいえ一時も目が離せません! 中でもこのシーンでは、これまで周囲に翻弄されてばかりいた愛が、初めて主導権を握り物語を動かしていきます。
そしてここは愛と市子の体を張ったやり取りが多いシーン。そのため流れを止め、細かく動きの確認をしていきます。
お客さんに見えやすいことはもちろん、俳優がケガをしないことも舞台ではとても大切。そのため演出の裕美さんも一緒に、一見簡単なような動きでも、ひとつひとつしっかりと確認をしていきます。
ちなみにレポートの第2弾で、裕美さんの演出シーンのひとつとして紹介したある動き。実は愛の動きで、花乃さんが実際にやるとこんな感じ。
説明は出来ないけれどもとんでもなくおかしい。そんなKERAさんらしい笑いを象徴するシーンですが、花乃さんが真面目に、美しくやればやるほど、そのおかしみは増していくようです。
この『フローズン・ビーチ』は、KERAさん作品によく見られる、ありそうでないこと、なさそうであることが融合し、絶妙なバランスの上に成り立っている作品。それを作者のKERAさんではない裕美さんが演出し、ナイロン100℃の劇団員ではないキャスト陣が演じることは、とても難しいはずです。しかし今回見学させてもらって感じたのは、そんなこちらの不安を払拭するような、前向きで創造的なスタッフ、キャスト陣の姿勢。改めてこの名作をまた劇場で楽しめることが、グッと楽しみになりました。
取材・文:野上瑠美子