現代劇に初挑戦する歌舞伎役者・尾上右近さんへの密着企画もいよいよ大詰め。第4回目となる今回は、立ち稽古の模様をレポートする。目撃したのは、右近さん演じるエリオットが、いとこのヤズミン(南沢奈央)とともに実母のオデッサ(篠井英介)のもとを訪れる大事なシーン。そこに居合わせたジョン(葛山信吾)も巻き込んで、おかしくて哀しくて愛おしい場面が立ち上がっていった。
△稽古場の様子
そして、第4回目のあらすじでは、稽古に登場したジョンについて紹介。オデッサが運営するコカイン中毒者が集まるサイトに新しく現れ、みんなから鼻持ちならないと思われた人物が、いかに人々とつながっていくか。誰もが孤独感を感じながら生きている現代に、希望をもたらす。
■STORY■
エリオット(尾上右近)の実母であるオデッサ(篠井英介)は、コカイン中毒から立ち直ろうとする人々が集うサイトを運営していた。そのチャット・ルームに、[ミネラルウォーター]というハンドルネームを持つジョン(葛山信吾)が現れた。
41歳、白人。コンピューター・プログラマーとして起業した会社を最高潮のときに売却して莫大な利益を得、次に入社した会社も退社したが、金と時間は持て余すほどあるという。なのにいつのまにかコカインに手を出していたジョン。
救いを求めてチャットに入るも、その恵まれた環境や、プライドの高さが伺える投稿が、もともとチャット・ルームにいた[オランウータン]ことマデリーン(村川絵梨)や[あみだクジ]ことウィルスキー(鈴木壮麻)には受け入れてもらえない。
唯一誠実な言葉をかけてくれたオデッサを呼び出し、ジョンはチャットでは言えなかったことを告白する。そんなジョンを、オデッサもまた信頼したのだろう。息子と会って過去の罪が甦り、6年ぶりにコカインを吸って入院したオデッサは、緊急連絡先にジョンを指定した。
オデッサの介抱を任されたジョンは、彼女の力となることで、自分自身も前を向いて歩いていこうと決意する。
△篠井英介さん(オデッサ役)、葛山信吾さん(ジョン役)、鈴木壮麻さん(ウィルスキー)
△村川絵梨さん(マデリーン役)と鈴木壮麻さん(ウィルスキー)、葛山信吾さん(ジョン役)
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■稽古場レポート■
物語の主人公であるエリオット(尾上右近)は、イラク戦争で負傷して帰還し、今はサンドウイッチショップのサブウェイで働きながら俳優を目指している青年だ。ある日育ての親である伯母のジニーが亡くなったことで、彼の人生に変化が訪れようとしていた。その始まりとなるのが、これから繰り広げられる場面である。
△演出・G2さんの指導を受ける南沢奈央さん(ヤズミン役)と尾上右近さん(エリオット役)
舞台はフィラデルフィアのとある食堂。ハンドルネーム[ミネラルウォーター]ことジョン(葛山信吾)が、入ったばかりのサイトの運営者であるオデッサ(篠井英介)をここに呼び出していた。自身のコカイン中毒について何か相談があってのことに違いないのだが、プライドの高い彼はなかなか切り出せない様子。それを承知したうえで何とか力になろうとするオデッサ。
そこへやってきたのが、エリオットと、彼が頼りにしているいとこのヤズミン(南沢奈央)だ。ふたりがオデッサを訪ねたのは、オデッサの姉でありエリオットの育ての親であるジニーの葬儀の花代を、オデッサに払ってもらうためだった。
しかし、お金などないと突っぱねるオデッサ。その険悪な空気に耐えかねたのか、自分のお金を出そうとするジョン。
だがそれが、エリオットをさらにムカつかせた。何しろ、この目の前にいるコカイン中毒者のためには何だってしようとするオデッサは、息子の自分のことは放ったらかしにしてきたのだ。エリオットはつい、ジョンの前で、かつてオデッサが自分の娘を放置して死なせたことを暴露し、長年募らせてきた思いをオデッサにぶつけてしまう。
そんなエリオットをなだめるかのように、そしてオデッサの心を動かすかのように、やさしかったオデッサの思い出を語るヤズミン。それを聞き終えたオデッサは、自分のパソコンを売って花代にしてほしいと言い置いて出て行くのだった。
そこまで一気に通したあとは、演出のG2の出番だ。少々手厳しい言葉も飛び出した。この場面で起きているのは、もっとギスギスとしたぶつかり合いなのだというG2。
ジョンはもっと高飛車にオデッサを見下す感じがあっていい。エリオットはもっとキツくオデッサに当たっていい。その母子の罵り合いの間に入っておろおろするヤズミンと、事情がよくわからずにお金を出そうとするジョンのおかしさも、そこに生まれるというわけだ。
そして、そんな修羅場に見え隠れするのは、エリオットとオデッサが抱えてきた哀しみとすれ違う親子の愛情。こんなふうに傷つけ合わなければ前に進むことができない彼らに、自分自身の人生の痛みも重なっていくのではないだろうか。
休憩をはさんで再び同じ場面を繰り返す。エリオット役の右近さんは、先ほどとはまったく違う動きを見せ始めた。立ったままオデッサを責め、ジョンにもグッと近づき、苛立ちがよりクリアになっていく。
この場面にヒリヒリとした緊張感があればあるほど、それぞれがのちに見つけ出す希望も際立つはず。私たちも感情のうねりを直に感じ、ともに清々しいラストを迎えられるに違いない。
取材・文 大内弓子
撮影 引地信彦