撮影:平岩享
劇団ハイバイの岩井秀人が、平均年齢78.7歳の「さいたまゴールド・シアター」の人たちとタッグを組む。それだけでも楽しみなのに、これまで各地で名作を生みだしている「ワレワレのモロモロ」をゴールドとやっちゃうってんだから、ちょっと心が躍らないか?
----「ワレワレのモロモロ」はワークショップから作品を立ち上げるんですよね?
ええ。車座になって座って「みなさんそこそこ生きてらっしゃって、ひどい目にあった話があると思いますが、話せる範囲そんな話を教えてください」って。で、これぞっていうのを二つくらい選んで「こっちチームは彼女の話を、こっちチームは彼の話を演劇にしてください、20分で」みたいな感じです。
----でも、そういうところでそう言われてもなかなか喋れないんじゃないですか?
あるところでやったときには、まず先にそのころ書いていた「夫婦」に出てくる自分の話をしました。「父が、医者だったのに医療過誤みたいなので死んだんですよ、ゲラゲラゲラ」
----ゲラゲラって
そしたら他の人も父親が亡くなった話をして、そんで次の人が「じゃあ、私も死ネタつながりでー」って 話し始めて、「死ネタ」って言葉ぼくも初めて聞いたし、でも一瞬にしてポップカルチャーになったなって。その時点でもう結構なことだなって。
----結構なことをできていると?
ええ。その人もそのことを他人に話したのは初めてだそうで、本当にヘビーな話で......。
結婚することになって、離れて暮らしていた飲んだくれの父親を訪ねて、「お世話になりました。でも、どうか結婚式の時にはお酒を飲まないでください」って頼んだのに、聞く耳持たずにメチャクチャなこと言う父親に、初めて言い返したんですって。「今まで私はずっとガマンしてきたけど」って。そしたら次の日に母親から電話がかかってきて、「お父さんいないんだけれど......」って。
----えっ?!
さらにその次の日くらいに、井戸端会議をしていた近所のおばちゃんたちの脇の側溝を、誰かがスゥーって流れていって。「あれぇ?」って。でもフタに隠れて見えなくなっちゃって。
----いやいや
けど、そこ海の近くで、潮の満ち引きがあるから、行ったり来たり現れたり隠れたりしてて......「今の〇〇さんのとこのお父さんじゃない?」って発見されて。
----いやいやいやいや
まー、重たい空気でその話は進んで、「やべぇ、どうすっかなぁ」って思ったんですけど、いたって明るい様子で「じゃ、もう片方のお父さんが練炭自殺しちゃった話と分かれて二チームに作ってもらいます、よーいドン」みたいな。
----あははは
でも、それやらないと、なんだかその話をしてくれた意味がなくなっちゃう気がしたんで。そしたら、まあー、とんでもない名作が二つできて。みんなで泣いちゃって、側溝のシーンでみんなで爆笑するみたいな。
話した本人にとっては、父親の死について自分が何割か加担しているんじゃないかって方向からしか考えられなくなっていたのに、近所のオバチャンたちからの視点や、さらには「側溝を流れてきた父を表現するために苦労した」という謎の要素まで加わったみたいで。
----客観視できるようになった?
そうですね。話してる時は思い詰めたような顔してた人が、他のチームが自分の父親のことをなんとか表現しようとしているのをゲラゲラ笑いながら見ている。それはすごくおもしろいことだし、ちょっとでも意味があることじゃないかなって。
撮影:平岩享
----表現の可能性を感じますよね。
ええ。いろいろ心配してたけれど、結構どこまでも行けるんだなって。「演劇」として何かをするっていう僕の中での基準がグーンと下がったっていうか、普通の人の体験を立ち上げようとするっていうことだけでものすごくドラマチックなことだって......
----しっかりした作品にするっていうことの重要性ではなくて
そう。見たことがある形式に仕上げるだけが価値ではないなって。前々から、そう思ってはいたんですけどね。人の生き死に関することを当事者がいる中で立ち上げるって、「結構なことしてるよこの人たち!」って思ったんです。それは他の人も自分のことを語って、何かが分け合われた状態だからこそのことなんでしょうね。
僕の場合は人のことを知りたくて、同時に自分のことを知りたくて、すごく乱暴なワークショップに見えるけれども、根源的なことをやれているんじゃないかなと思っています。
----そして今回、ゴールド・シアターのみなさんから出てくるのは、やはり戦争などの社会的な物語が多いのでしょうか?
「運動」とか「組合」とかね。でもねやっぱり自分が体験しているからこそ、そんな大きな物語にはならないんですよね。
ほんとに右も左も豊かな人たちがいるのでそういう言葉の意味合いが人によって変わるんですけど、どっちでもいいって言っちゃあれなんですけれど、どっちが正しいかってことよりも、あなたが今どう思っているのかってところを聞きたい。
----それにしても、いろんな人生経験がある人たちだから、まとまらないんじゃないですか?
まとまらないのは、モロモロの武器っていうか。冷蔵庫を買ったってだけの話の人もいるし。
----あの大変な時代にようやくわたしの家にも冷蔵庫が来ました、みたいな?
いや、ぜんぜん現代で。「夫と相談して買い替えを決め、カタログを集めた」みたいな(笑)
「ディティールを細く書きたいんで、もうちょっと待ってください」って
----ほう
「冷蔵庫のサイズとかを調べているから」って......
----ディテールって、そこですか!
それでもこの物語、聞いただけでワクワクするようなアイデアを岩井から授けられて、ご本人と岩井の間を往復しながらすくすくと育ってきているという。はたして「冷蔵庫物語」は採用されるのか、期待しつつ待とうではないか。
ひとは歳をとると涙もろくなると言うが、それはけっして衰えを意味してはいない。むしろ個人史を積み重ねることで想像力が増し、誰かの一見なんでもない言動の裏にあるさまざまな事がらを想像できるようになるからこそ、我が事のように心が揺さぶられるのだ。
色とりどりの人生経験を重ねてきたゴールド・シアターというワレワレ。そして、十代の後半にひきこもっていたという、若くしてギュッと濃い体験をした岩井だからこそ聞くことができる、人の生き死にという根源的なところまでも含んだモロモロ。この出会いは、単なる「あるある話」を普遍的な方へと深化させるに違いない。
そこのキミ、ゴールド・シアターと岩井秀人という最強タッグの必殺技「ワレワレのモロモロ」、くらわないという手はないんじゃないか?!
撮影:平岩享
取材・文 鈴木励滋(演劇ライター/生活介護事業所「カプカプ」所長)
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さいたまゴールド・シアター番外公演
『ワレワレのモロモロ ゴールド・シアター2018春』
【公演期間】
2018年5月10日(木)~5月20日(日)
彩の国さいたま芸術劇場 大稽古場
【構成・演出】
岩井秀人
【出演】
さいたまゴールド・シアター ユニット
石井菖子、大串三和子、神尾冨美子、小林允子、佐藤禮子、谷川美枝、田村律子、
百元夏繪、益田ひろ子、小川喬也、高橋清、竹居正武、遠山陽一、森下竜一