市井の人々の心の揺らぎを丁寧にすくいとり、絶妙なテンポと言葉選びで演劇化する。赤堀雅秋が書き下ろすシアターコクーン・シリーズ第3弾『世界』は、日常とはこんなにもドラマが溢れているのか!と裏寂れた舞台上の光景とは裏腹に、目の覚めるような感情に満たされる。鋭い観察眼に裏打ちされた、人間讃歌の物語だ。町工場を営む足立家と周囲の人々の営みを描いた本作は、会話の内容からおいおいその場の状況が見えてくる日常の切り取り方もユニークで、過去の赤堀作品にならい陰鬱なホームドラマかと身構えていた向きには、拍子抜けするほどの楽しさに面食らうはず。と同時に、不意打ちの本音がストンと胸に響き、老若男女に寄り添う作家の温かな視線に何度も目頭が熱くなった。
熟年離婚を告げられた足立家の家長を演じる風間杜夫は、誰彼構わず罵詈雑言を浴びせる下衆の極みのような親父を嫌みたっぷりに好演する。そんな夫に完全無視を決め込む妻役の梅沢昌代は、揺るぎない怒りと決意がにじむ"あの一言"が印象的。同居する長男役の大倉孝二は中年特有の熱をくすぶらせ、嫁の青木さやかはコップすれすれの不満が時折波打つ程度で献身さを失わない。その他、風俗嬢役で初舞台に挑む広瀬アリスを始め、キャストそれぞれが日常に溶け込む"普通の人々"を見事に立ち上らせる。とりわけ若者特有の不可解さを体現した早乙女太一の存在が光った。
願わくば年末に観たかった。そうすれば近すぎて距離を置きたくなるような家族や友人、あるいは苦手な相手とも素直に向き合える時間を持てたかもしれない。途中までそんな思いが募ったが、ラストシーンを見て変わった。登場人物にならい神の視点(歩道橋)に立ち物事を俯瞰すれば、うつむきがちな日々も昨日よりは少し視線を上げて歩んでいけるのかもしれない。このささやかな爽快感は、なるほど年始向きかも。最後に、作品のテーマにも通低するある思想史家の言葉を引いて終わりたい。〈人に情を持てなくなったら、それこそ生きるのは地獄です〉。
取材・文/石橋法子
撮影/細野晋司
<東京公演>上演中 ~1月28日(土) シアターコクーン
<大阪公演>2月4日(土)~5日(日) 森ノ宮ピロティホール