キレのあるダンスと、エレガントなタップで「アステア・バイ・マイセルフ」「ミー&マイガール」など数多くのミュージカルに出演し、演出・振付家としても活躍する、本間憲一。フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが主演した映画「TOP HAT」を原作にした宝塚歌劇・宙組公演の同名舞台ではタップの振付を手掛けた。今年の秋は、英国版の舞台「TOP HAT」が日本に初上陸する。彼に作品やタップダンスの魅力、日本のタップダンス界事情など多岐にわたって語ってもらった。
――はじめに、本間さんとフレッド・アステアとの出会いを聞かせて下さい。
高校生のとき、「奥様洋画劇場」というテレビ番組で放映していた映画「足長おじさん」で初めてアステアを見ました。アステアがレスリー・キャロンと共演した作品です。僕は、ミュージカルに何の興味も持っていなかったのですが、出てきたのが彼。その中の曲「ドラム・クレイジー」でドラムを叩きながら、床にドラムスティックを投げ、タップを踏むシーンがあったんですよ。タップというより、エンターテインメントだったんです。それを見て、何じゃこりゃ!と思って。それがきっかけで、フレッド・アステアの名前がインプットされ、これはタップをしなきゃいけないと。それまで、表現するなんて全く興味がなかったのに。当時、「フレッド・アステアダンス学校」という教室(笑)が東京の赤坂にあって、そこに通うことになりました。だから、アステアでこの世界に入ったといっても過言ではないですね。当時の僕の師匠はアステアとジンジャー・ロジャース、ジーン・ケリーが大好きで、ビデオがない時代だから、映画館で映画を一日中見て、踊りを盗んだというすごい方です。
今回宝塚で「TOP HAT」の振付をしてみて思ったのは、個人プレーが多いんですよ。エンターテインメントをできる人がやらないと、群舞でごまかせるものではない。非常にハードルの高い作品なんです。出演していた宙組の皆さんはすごく大変だったと思う。本当によくやってくれました。
――アステアの偉大さはどこにあると思いますか?
やればやるほど遠い存在に感じるんです。僕も30年近くタップをやっていますし、タップダンサーのHIDEBOHさんとも話しますが、神様ですよ。アステアの振付を盗んで、踊ったりしますが、やればやるほど距離を感じる人。ただ、僕らの栄養源でもあるから、落ち込んだときは「TOP HAT」を見ますね。そこで、"ああ、やっぱり本物はこうだよな"と思う。偽物ではない、本物とは何かを教えてくれた人ですね。僕の師匠は「俺を師匠と思うな。師匠はここにいるだろ」といっていた。それは、アステアだったり、ボージャングル(ビル・ボージャングル・ロビンソン)だったりするんですよね。
――宝塚の「TOP HAT」の振付をされることになったのは、先方からオファーがあったのでしょうか。
そうです。でも、僕は手を挙げてでもやりたかったんです。実は、「TOP HAT」をロンドンで見た僕の生徒から「本間先生、この作品をぜひ、観に行って下さい」と言われていて。分かった、行く!と行ったときにはもう終わってたんですよ(笑)。そんなときに、宝塚歌劇団から話をいただいて、何がなんでもやらせて下さいという気持ちでした。僕が過去に宮本亜門さんのミュージカル「アステア・バイ・マイセルフ」に出演していたこともあったからかと思います。アステアとは節々に縁があるのですよね。この世界でやろうと思ったのも、亜門さんがアステアの作品を作るから出ないかと言われたのが始まりです。宝塚公演の振付をするのは、楽しかったですよ。出演者の皆さんはタップの経験値は少ないから最初は緊張していましたが、楽しんでいたと思います。
――宝塚の出演者の方たちも、プレッシャーがあったでしょうね。アステアとロジャースがやった役を演じるのですから。
僕らにとってもあの二人は触れてはいけない神のような存在です。それはでも、英国版「TOP HAT」に出演する人も同じだと思う。世界中のダンサーにとってそうでしょう。
――振付されるにあたって、英国版「TOP HAT」の映像はご覧になられたのですか?
ツアーバージョンの映像はいくつか拝見しました。でも、僕は、アステアのオリジナルバージョンのエッセンスを宝塚公演で入れたかった。
――大変ではありませんでしたか?
僕は「アステア・バイ・マイセルフ」で自分のネタでやっていて、全部のナンバーが体に染みついている。ただ、それを舞台でやるのは難しいんですよ。それに、タップだけではなく、ステッキや帽子などの小道具も使う。それもエンターテインメントの一部なんです。なかなか女性でそれをこなせる人はいないんですが、宝塚の「TOP HAT」でアステアが演じた役(ジェリー・トラバース)の朝夏まなとさんは、本当によくやってくれたと思います。
――映画で、アステアが、ロジャースが眠る寝室の真上の部屋でタップを踏むシーンは面白いですね。あの場面は、本間さんも振付された宝塚公演でも、忠実に再現されていました。
あのアイデアはいいですよね。僕も面白いことするなと思いました。英国版でもあのシーンは忠実に再現されるのではないかと思います。
――本間さんが英国版「TOP HAT」に期待されることは何でしょうか。
アステアとロジャースがやった主役の二人はもちろん注目ですね。去年、日本で来日公演があった、アダム・クーパー主演の「SINGIN'IN THE RAIN 雨に唄えば」も、アダム・クーパーが、オリジナルのジーン・ケリーと比べられてしまう。それと同じですよね。宝塚公演とはまた違い、オリジナルの男性と女性が混じっているわけですから、そのクオリティーはどうなのか楽しみですね。宝塚は彼女たちしかできない宝塚の美学がある。英国版はまた違う魅力があるでしょうね。
――ちなみに、アダム・クーパーの「雨に唄えば」は私も拝見しましたが、いかがでしたか?
良かった...。泣いちゃった。情けないぐらい(笑)。川平慈英君と観ていて、おううっと二人で嗚咽をもらした(笑)。
――分かります! あれは素晴らしかったですよね。
「雨に唄えば」のほうが日本では有名でしょうね。ミュージカルファンではなくても映画を知らない人はいないぐらい、シンボリックな作品だから。それにしても舞台版は良かったです。「ピーコ&兵動のピーチケ・パーチケ」でご一緒したピーコさんもおっしゃっていたのですが、「TOP HAT」の内容はとてもシンプル。男女の勘違いから起こるコメディはこの時代のパターンです。オーソドックスなコメディのセンスをどう出してくるのか、お芝居としての興味もありますね。なかなかそういう軽い笑いは、日本人がやるのは難しいんですよ。コテコテのものは得意でも。
――皆で燕尾服を着てタップで踊るのが圧巻の「TOP HAT」のシーンは見せ場の一つですね。
あのシーンは映画のタイトルにもなっているナンバーですからね。それは大事な場面です。自分でもやりましたが、非常に難しくもあり、あんまり頑張ってはいけないんですよ。
――なるほど。そうなんですか。
エンターテインメントは汗かいて、頑張ってまーす!というところがあるから。でも、アステアやジーン・ケリーはエレガントだから、どんなに大変でも楽に見えるように、力技ではないように見せなくてはいけないんですよ。
――本間さんから見て、いいタップダンサーとは、どういうところをチェックされるのですか?
タップダンサーという見方よりも、エンターテイナーかどうかですね。タップの技術がすごいという人は若手でもいるけれど、タップ以外の付加価値のほうが大事だと思う。エンターテイナーとして、タップ以外に何ができるかというほうが僕は興味がありますね。英国版「TOP HAT」の出演者の皆さんもタップダンサーではないわけです。歌も芝居も、小道具の扱いもすべてしなきゃいけない。
――ほかはどこが魅力でしょうか。
アーヴィング・バーリンの曲。「Puttin'on the Ritz」をはじめ、楽曲が全部いいですね。2幕の最後の「Let's Face the Music and Dance」も。観劇中に、たとえ寝ちゃったとしても、ああ、いい音楽だなと思うでしょう(笑)。
――曲がいいから振付しやすいというのはあるのですか?
いやー、難しいんですよ。例えば「TOP HAT」は、「タッタッタララッタ...」と続くから、どこで切ったらいいのか。ただ、一回聞いたら忘れられないので、すごく印象には残ります。この時代のミュージカルは、作曲家のバーリン、アステア、振付家のハーミズ・パンという巨匠たちが同じ空間にいて、一緒に「せーの!」で作り上げたものなんですよ。ちょっとここのフレーズ短くしてよなんて会話してたんでしょうね。
――はじめに曲ありきではないんですね。
すべて同時進行なわけです。
――今だと、ブロードウェイやウエストエンドでされているミュージカルの制作の方法なのですね。
そうですね。きっと現場ではアステアのために作っていたんでしょうね。
――歌いながらあのタップを踏むのも大変だと思われます。
難しいですよ。でも映画だと、後からアステアが音を入れている。この時代は、同時録音ではない。タップシューズにもチップは付いていないんです。唯一、チップが付いていて同時録音だった映画が「踊るアメリカ艦隊」。でもそれは、ノイズが入ってしまっている。そういう意味で、舞台で「TOP HAT」をやるのはとてもハードルが高い。歌もごまかしがきかないし、タップの音を聞かせなくてはいけない。
――舞台で聞くタップの音は迫力があります。
これも大変でした。歌のために頭部に付けるワイヤレスマイクのほか、右足、左足にもワイヤレスマイクを付けましたが、ガサガサッと衣擦れの音が入ってしまって。どうやったら心地いい音になるのか試行錯誤の連続でした。生のオーケストラとのバランスも大切ですし、すごく難しかった。大人数がマイクを付けてるから、どうしてもハウリングしてしまう。なかなか大勢でタップを踊るショーは少ないからスタッフで経験がある人もあまりいないんです。
――それは大変だったのですね。ところで、英国版の「TOP HAT」の振付家もアステアのオリジナルの振りは入れているのでしょうか。
「Puttin' on the Ritz」「TOP HAT」をはじめすべて入れていましたね。大事な部分は全部。ブロードウェイもそうだけど、欧米の人たちはリニューアルがうまい。オリジナルの振付を壊さない。いいところは残しつつ、全部アレンジする。アダム・クーパーの「雨に唄えば」もそうでした。ガラっと変えることはまずないんです。この時代のいいところは変えないで別物にはしない。
――それなら、アステアファンも、アステアを知らない人も両方楽しめるわけですね。それに、ミュージカルでタップだけで見せるショーは日本では少ないですからね。
僕も長年やってきて、5本もないです。とくにこれだけの大人数だと。
――今の若い人はタップダンスを見たことがない人もいるわけです。
ただね、逆にいうと、タップの人口は増えている。ストリートでやる、リズムタップ。黒人がやる、HIDEBOHさんや熊谷和徳さんがされているタップです。
――現代の黒人スタイルのタップの神様、セヴィアン・グローバーが世に広めたタップですね。
そうそう。テクニシャンは増えているんです。でもアステアやジーン・ケリーのシアターダンス系のタップを踊れる人はいない。だから、僕らぐらいの年齢になった人がやるしかないというのが現状です。
――本間さんから見て、セヴィアンのタップはどう思われますか?
スタイルとしてはすごいです。ただ、ダンスの踊り手としては、アステアやジーン・ケリーとは違う。彼は、上半身で踊っているわけではないから。セヴィアンのキャラクターとしてのダンスが成立しているんです。燕尾服を着て踊るのとは違いますね。アステア系のシアターダンスは、踊りができることが基本で、次にタップができるかなんです。
――今の若い人は、マイケル・ジャクソンやストリートダンスで、ダンスを始めた人が多いそうですね。もう少し前の世代ですと、本間さんのようにアステアにガーンときて、始めた人が大半なんでしょうね。
YouTubeにマイケル・ジャクソンがタップを踏む映像がアップされているんですよ。オーソドックスに「アイ・ガット・リズム」なんかをやっている。若い頃です。感動しますよ。彼はアステアが大好きで、映画「バンド・ワゴン」の衣装をコピーしたり、アステアへのオマージュもしている。マイケルもタップを踏むんだよと、そういうところからタップの良さを知ってもらえればうれしいですね。
――本間さんが振付されたとき、アステアの良さを出すために心がけたことはありますか?
宮本亜門さんにいわれたのが、「見せるな」と。その通りなんです。いわゆるレビューやショーはビッグスマイルでガーッと笑って"顔踊り"みたいなところがあるでしょう(笑)? アステアはそれとは違う。ジーン・ケリーはどっちかというと、"顔踊り"の要素があるんです(笑)。アステアは自分で楽しんでるのが、見ていてもカッコいい。そのニュアンスは共感できますね。「ハーイ!イェーイ!」ではない。自分がやっていることを俯瞰して見るのが美しいというのがアステア流です。そういうエンターテインメントができる人はなかなかいない。英国はソーシャルダンスの歴史もあるし、彼らは無意識のうちにそういう美学が備わっている。だから英国版「TOP HAT」のキャストも自然にそれはできるのだと思いますよ。朝夏まなとさんも、そこはよく理解してくれて、アステア流に踊ってくれました。川平君にはできなかったのに(一同爆笑)。英国版「TOP HAT」のチラシを見ても統一感があるでしょう。アンサンブルは群舞に徹することに美学があるんだから。良くいえば存在感があるんです。「TOP HAT」では、存在感をいい意味で殺さなくてはいけない。
――アステアが演じた主役の人も「オレオレ」ではダメなんですね。
そういう人はまず選ばれないです(笑)。まぁ、ジーン・ケリーはガーッといきますけどね。
――アステアは本間さん寄りですね。
そうですね(笑)。すごいレベルの話になってきましたね(笑)。
――ところで、「TOP HAT」を見た後に、タップを習いたいと思う人もでてくると思います。どうしたら踊れるようになりますか?
まず、詳しくは、僕が出演する関西テレビの番組「ピーコ&兵動のピーチケ・パーチケ」(5月20日(水)25時25分~放送予定、再放送予定5月23日(土)5時10分~)を見てください(笑)。
それはさておき、イロハのイで、靴はいて、トントントンと、音に合わせる。難しいことをやるんではないんです。最初からハードルを上げるのではなく、シンプルなことから入っていけば。そうして1曲踊れて、皆に披露できるように、まずは忘年会を目標にしてください(笑)。タップは楽器と一緒です。僕は、歌と踊りにタップができるといつもいっています。踊りの中にタップを入れない。芸事の一つです。別物の楽器なんです。そういう楽しみ方もできる。
――本間さんは踊るときどんなことを考えているのですか?
いろんなことを考えます。次の仕事のこととか。無になる? なれませんよ。無になれたら楽しいでしょうね。いつか、無になれたらいいなぁ...。
――アステアはどういうことを考えて踊っていたのでしょうね。
本で読んだのは、一つのテクニックを、例えば、ステッキを投げて遠くに入れるのを、100発100中なのに、「NO」と言って何回も練習していたらしいです。ボブ・フォッシーでさえそれを見て、何がNOなのか分からなかったみたい(笑)。そこが普通ではない。超完璧主義者なんです。飲んでる最中に素振りに行くイチロー選手と一緒ですね。次元が違う。僕は踊りながら、お腹すいたなーとか考えてしまう。踊りながら眠いと言ったら、皆、大笑いするんですが(笑)。僕ぐらいになると、踊りながら眠れるよ(笑)。心地いいんだから。違いはそこですかね(笑)。
――アステアに思いを馳せながら、英国版「TOP HAT」を観劇するのもいいですね。来日公演にますます、期待が高まります。
映画を見たことがない人でも、予備知識はなくてもOKだと思うんです。字幕もありますから。とにかく、観に行って、素晴らしい音楽と、古き良き時代の空気に浸ってもらいたい。靴どうなってんの? どこで音が鳴ってんの? というところから始まってもいい。燕尾服やドレスなど紳士淑女の華やかな衣装も楽しめます。そして、僕らより先輩のアステアやロジャースを知っている世代の方もぜひ、行っていただきたいですね。あの時代を懐かしんでもらえれば。その後に映画を見るのもいい。でも、舞台を一回見たら、何度でも見たくなると思いますよ。僕はお金の許す限り、何回でも見に行くつもりです!
ミュージカル「TOP HAT」は9月30日(水)から10月12日(月・祝)まで東京・東急シアターオーブ、10月16日(金)~25日(日)まで大阪・梅田芸術劇場 メインホールにて上演。5月30日(土)のチケット一般発売に先駆け、5月25日(月)まで先行先着「プリセール」を実施中。
取材・文:米満ゆうこ