仲村トオル主演の新作舞台『ハンドダウンキッチン』が、5月12日に東京・パルコ劇場で幕を開けた。
作・演出は、気鋭の劇作家・演出家である蓬莱竜太。人の心の機微を繊細に描きながら、確実に物語で魅せる骨太な作品を数々発表。
2009年には演劇界の芥川賞とも称される岸田國士戯曲賞を受賞し、今最も注目される演劇人のひとりとなった。彼の最新作に、近年は舞台でもその存在感が高く評価されている仲村トオルが初めて挑む。
舞台は、都会から遠く離れた山麓の小さな街にあるレストラン「山猫」。芸術的な料理を提供していることで、雑誌などのメディアで話題の人気店だ。
父である七島勇次郎(江守徹)の店を受け継ぎ、弟の誠(仲村トオル)がオーナーシェフを務め、姉の梢(YOU)がメートル・ド・テルとして店を取り仕切っている。そこへ、都会の有名フレンチレストランを辞めた若きシェフ・関谷直也(柄本佑)がやってくる。
「自分の店を持つために、山猫で独創的な料理を学びたい」という。早速、厨房に入るもスタッフたちの様子がおかしい。久坂友康(千葉哲也)は厨房という神聖な場所で喫煙しながら競馬新聞に集中、山田浩彦(中村倫也)は包丁を持たず一所懸命パソコンに向かい、海江田恵介(宮崎敏行)は絵筆を持ってキッチンの回りで右往左往。
しかし、彼らがこの店の大切な役割を担っているという。そこへ、雑誌ライターの前橋真紀(佐藤めぐみ)が取材にやってきた。関谷と前橋の登場により、平穏に見えていた「山猫」の実態が少しずつ明らかになっていく......。
仲村トオルは、シェフとして致命的な欠陥を持つことをひた隠しにし、カリスマと呼ばれるまでに成り上がった男を激しく表現する。
YOUは、レストランに満ち溢れる哀愁を一身に背負いながら、ひたむきに店を支える女性を好演。
江守徹は、家族やスタッフたちへの愛情を全身で表現、コミカルな動きで観客の笑いを誘う場面も。この七島一家を陰で支えるキーマンを担う千葉哲也は、さすがの演技力で魅せる。中村倫也、柄本佑、佐藤めぐみ、宮崎敏行の若い俳優たちもそれぞれの個性を発揮して奮闘、観客を魅了する。そして終盤、仲村・YOU・江守による家族3人が向き合うシーンは、落涙必至だ。
目の前に積まれた秘密のカードを、ゆっくりと一枚ずつ捲っていくような感覚の舞台だ。
一言一句、一挙手一投足見逃せないという緊張感に包まれ、客席から舞台への集中が高まっていくのを肌で感じる。
羨望を集めていたレストランが、非常に危ういバランスによって成り立っていること、それぞれ抱える事情が解き明かされていくと、胸が押しつぶされそうになる。登場人物の誰もが間違っているけれど、誰もが正しい。身につまされるような人生の悲哀が舞台上に流れる。
どのカードが心に響くか、どの登場人物に心を打たれるか。観劇後、大切な誰かと向き合って、話をしたくなる人間ドラマだ。
(文/金田明子)