三島由紀夫の遺作にして、『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』の4部作からなる超大作『豊饒の海』。
その初舞台化が決定し、ロンドンを拠点に活動するマックス・ウェブスターさんが演出を手がけられます。キャストには主人公の松枝清顕役の東出昌大さんほか、宮沢氷魚さん、首藤康之さん、笈田ヨシさんら、その化学反応が非常に楽しみな顔合わせが実現。そして脚本という大役を任されたのが、"てがみ座"の主宰・長田育恵さんです。
"『豊饒の海』舞台化"という難題に、長田さんがどう切り込んでいかれたのか。たっぷりとお話をうかがいました。
――「『豊饒の海』の脚本を......」というオファーがあった時、正直まずどう思われましたか?
「なにをおっしゃっているんだろう?と思いました(笑)。4日間でやるのかな?と思ったら、4部作を2幕ものの舞台でやりたいということで、なかなかクレイジーだなと(笑)。でもちょっとワクワクもしたんですよね。本当に挑み甲斐のあるお話ですし、人生でこんな機会なかなかありませんから」
――三島作品に対しては、これまでどんな想いを抱いていらっしゃいましたか?
「最初に読んだ三島作品が『潮騒』なんです。情景や恋心の描写がきめ細やかで。そこから様々な三島作品を読みましたが、今でも『潮騒』が一番好きです。私にとっての三島作品は、心の内側のドラマが手に取るようにわかる、そういう瑞々しさが印象的です。登場人物たちが、"今この時しかない"ということをわかって生きている。そのかけがえのない一瞬の積み重ねを描写していく。すごい方だなと思っています」
――そして『豊饒の海』ですが、長田さんはこの小説をどのように読まれたのでしょうか?
「4部作の"輪廻転生"の話ですが、今回脚本を書くにあたっては、脇役である本多繁邦を軸にしています。彼には青春期に松枝清顕という人物との忘れがたい出会いがあり、それによって人生が大きく変わっていきます。でも最後の最後、清顕が本当にいたかどうかわからないと言われてしまって......。そこで自分の人生も無駄だったんだってストンと受け入れられるかといったら、きっとそうじゃない。つまりなにかが幻だったとしても、揺るがしがたい真実はあり、それがその人自身の存在証明や生きた証になる。そんなものが浮かび上がってくる作品なのではないかなと思います」
――今回の脚本は4部作が複雑に交錯しつつ、それでいてとてもわかりやすいものになっていると感じました。
「ありがとうございます。今年の5月にイギリスに行ってマックスと打ち合わせしてきたんですが、マックスはイギリス人だからか、三島由紀夫という偉大な作者の存在に囚われず、テキストをそのままプレーンに捉えてくれたんです。そして今回の舞台化にあたり一番大事にするのは、登場人物の心情であったり、行動を起こすための動機がはっきりと見える状態をつくり続けていくことだと。そしてその登場人物をより強くしていくために、小説では書かれていない心理や時間が飛ぶところなど、足りない部分を徹底的に穴埋めしていったんです」
――私たちと肌感覚が近く思えるのはきっとそのためですね。これまでは三島というだけで委縮してしまうこともありましたが......。
「きっと三島自身もそんなふうには読んで欲しくないと思うんですよ。青春の忘れがたい記憶やかけがえのない一日、そういったものの積み重ねを書いているのがこの『豊饒の海』という小説だと思いますから。
今回の舞台は若手の素晴らしい俳優たちがそろっていますし、そこは非常にクリアに見えるんじゃないかなと。また笈田ヨシさんが老いた本多を演じられるのですが、舞台上で老いた本多が若い本多を見る場面があります。その時、老いた目に若かりし自分はどう映るのか。そこはお客さんにとっても心が動く場面になるのではないかと思います」
――この舞台を通して、観客にどんなものを届けられるのではないかと思いますか?
「本多という男の10代から80代までを描いているんですが、まさにひとりの人間の一生のドラマですよね。その人生の強さというか、一瞬一瞬の強度っていうのかな。どんな一瞬も人生には不可欠なものだったってことがわかる。そしてそれを支えているのが青春期の出会いや想い、友との約束。そこにはきっと観客の皆さまにも共感していただける部分がある。人間が生きるってことに対して、真正面から向き合える題材なのではないかなと思います」
取材・文:野上瑠美子
2018 PARCO PRODUCE "三島 × MISHIMA " 豊饒の海
公演日程
- 2018年11月3日(土・祝)~12月2日(日)
※11月3日(土)〜5日(月)=プレビュー公演 - 会場
- 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
- 原作
- 三島由紀夫
「豊饒の海」(第一部「春の雪」、第二部「奔馬」、第三部「暁の寺」、第四部「天人五衰」)より - 脚本
- 長田育恵
- 演出
- マックス・ウェブスター
- 出演
- 東出昌大 宮沢氷魚 上杉柊平 大鶴佐助
神野三鈴 初音映莉子 大西多摩恵 篠塚勝
宇井晴雄 王下貴司 斉藤悠 田中美甫
首藤康之 笈田ヨシ