ミュージカル『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』が現在、東京・シアタークリエで上演中だ。2015年にトニー賞5部門を受賞した作品を、新国立劇場次期芸術監督就任も予定されている気鋭の演出家、小川絵梨子が演出する注目作。小川はこれがミュージカル初演出。出演は瀬奈じゅん、吉原光夫、大原櫻子、紺野まひる、上口耕平、横田美紀ら。
原作は、アリソン・ベクダルの自伝的コミック。レズビアンである漫画家・アリソンは、ゲイである父ブルースが自ら命を絶った43歳という年齢になり、父との思い出、家族との思い出をたどる記憶の旅に出る。記憶の折々の場面で、父は何を考えていたのだろうか。そして死の瞬間は何を思っていたのだろうか......。
父の思い出をたどる旅は、自らの人生を振り返る旅路でもある。瀬奈じゅん扮する現在のアリソンは劇中の大半において、常に傍観者のような視点で舞台上に立つ。そして、劇中には小学生のアリソン(笠井日向/龍杏美のWキャスト)、大学生のアリソン(大原櫻子)も登場。3人の女優が同じ女性の違う年代を紡ぐと同時に、時には一緒に同じ空間に立つ、演劇として非常に面白い構造。瀬奈は良い意味で力の抜けたナチュラルな立ち姿で、過去の自分に、家族に、温かい眼差しを注ぐ。それもそのはず、この家族はセクシュアル面では大多数ではないかもしれないが、きちんと愛情もコミュニケーションもある一家なのだ。それは、小学生時代のアリソンと弟のクリスチャン(楢原嵩琉/若林大空のWキャスト)、ジョン(阿部稜平/大河原爽介のWキャスト)に扮する3人の子役たちが、はつらつと愛らしく演じる姿からたっぷり伝わってくる。彼らが歌う『おいでよファン・ホーム』は、シュールだけれど楽しいナンバー。伸び伸びと、しっかりとした歌唱と楽しいダンスで子どもたちが魅せた。ちなみにこのミュージカル、音楽も秀逸で、トニー賞最優秀楽曲賞にも輝いている。
そして、自らのセクシャリティに気付く大学生時代もよい。大原の演じるアリソンは、少しぶっきらぼうだけれど、思春期特有の繊細な傷付きやすさと、だからこそ持つ優しさがきちんと存在している。アリソンの恋人であるジョーンに扮する横田美紀の懐の大きさも良く、学生時代を担うこのふたりからは、瑞々しさが立ち上る。そして寮で暮らし家族と離れてくらすここでも、アリソンは父と電話で、手紙で、コミュニケーションをとり続ける。それでも、どこか軋みが出てきてしまうのは仕方のないことなのか。家族といえども別の人間。全てが理解できるわけでもない......。
キーマンである父・ブルースは、吉原光夫。アリソンとは違い、ゲイであることを隠すことを選んだ彼。妻もいて子どももある、しかし同性に欲望が向かってしまう。複雑な内面を押し殺した難役で、身勝手さの中にも哀しみが伝わる、不思議と目が離せない存在だ。死の直前のナンバー『世界の境目』は、涙なしでは見られない圧巻のパフォーマンスだった。ほか、家族を繋ぐ母・ヘレンの紺野まひる、ブルースとの関係を匂わせる存在であるロイを演じる上口耕平、それぞれが丁寧に役と向き合っているのが伝わってきた。ベグダル家は特殊なところもあるかもしれない、だが家族間の問題はきっと、どの家族にもある。観ると、あなたもきっと自分の家族のことを、もしくは親のことに思いをはせるだろう。ほかではちょっと見ないような繊細な、それでいて心に染みるミュージカル。小川絵梨子の理知的な演出がうまく作品とフィットし、傑作が誕生した。
公演は2月26日(月)まで。チケットは発売中。
取材・文:平野祥恵
写真提供:東宝演劇部
【公演情報】
2月26日(月)まで上演中 シアタークリエ(東京)