4月に上演されるミュージカル『VIOLET』。
梅田芸術劇場が英国チャリングクロス劇場と共同で演劇作品を企画・制作・上演する本作は、演出家と演出コンセプトはそのままに「英国キャスト版」と「日本キャスト版」を上演する日英共同プロジェクトの第一弾です。(詳しくはコチラhttps://www.umegei.com/schedule/820/)
演出を手掛けるのは、藤田俊太郎氏。19年1~4月に現地のキャストとつくりあげた「英国キャスト版」は大好評を得て、オフ・ウエストエンド・シアター・アワードでも6部門にノミネート。中でも日本人演出家の作品が栄誉ある「作品賞」候補に選ばれる快挙となりました!
そんな注目作の「日本キャスト版」稽古がいよいよスタート。稽古に先がけて行われた、藤田さんによる事前レクチャーの様子をお届けします。
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<あらすじ>
1964年、アメリカ南部の片田舎。幼い頃、父親による不慮の事故で顔に大きな傷を負った白人のヴァイオレット(唯月ふうか/優河 ※Wキャスト)は、25歳の今まで人目を避けて暮らしていた。しかし今日、彼女は決意の表情でバス停にいる。あらゆる傷を癒す奇跡の"テレビ伝道師"に会うために。西へ1500キロ、願いを胸に人生初の旅が始まる。
長距離バスの旅でヴァイオレットを待ち受けていたのは、さまざまな人と多様な価値観との出会いだった。ヴァイオレットの顔を見た途端目を背ける人々、白人兵士モンティ(成河)と黒人兵士フリック(吉原光夫)、追憶の中の父親(spi)、伝道師のアシスタントのヴァージル(横田龍儀)、テレビ伝道師(原田優一)、南部出身で白人の老婦人(島田歌穂)、......その出会いにより、ヴァイオレットの中で少しずつ変化がはじまる。長い旅の先に彼女が辿り着いたのは――
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▽自らアメリカ南部を旅して、感じたことを伝える演出の藤田さん
「僕は2年ほど前に、この作品の舞台であるアメリカ南部を旅してきました。その写真を見せながら、どんなことを感じたか、どう作品に結び付いていくのかを話していきたいと思います」と藤田さん。ヴァイオレットと同じように、彼女の地元であるノースカロライナ州の"片田舎"スプルースパインから「グレイハウンド・バス」(劇中の主な舞台となる長距離バス)に乗り、ナッシュビルやメンフィスを経由して、"伝道師"がいるオクラホマのタルサに行くまでの道のりを、たくさんの写真のスライドショーと共に紹介されました。その中からいくつかピックアップしてご紹介します!
▽ヴァイオレットの住む家のイメージに近いという家
(撮影・藤田俊太郎)
まず紹介したのはスプルースパインの町の様子。日本からこの町まで行くのは大変な道のりで、藤田さんはこの旅で日本人とは一度も遭遇しなかったそうです。
ここで早速、吉原さんから質問。「スプルースパインってどんな感じなの?」
「日本で例えると、ズーズー弁の東北のような存在です。北海道や沖縄ではなくて、(本州と)地続きの"地方"のイメージ。若者もあまりいません。過疎は進んでいます」と藤田さん。アメリカ南部は白人の貧困率が非常に高いエリア。閉鎖的な雰囲気は今もあるそうで、藤田さんは「僕が日本人というのも大きいけど、スプルースパインではほとんど誰とも話してないです」と、町行く人に話しかけても目を背けられた経験を紹介されていました。
▽黒人兵士を演じる吉原光夫さん
◎ヴァイオレットがさまざまな人と出会った長距離バス/グレイハウンド・バス
▽バスの中でカメラを向けると笑顔で応える乗客の方
(撮影:藤田俊太郎)
ヴァイオレットと同じバスに乗った藤田さん。移動の中で出会った人の話や、休憩時間におばあさんからコーヒーを買いに行かされた話、バスなのに雨漏りした話、深夜の休憩所で他の乗客が寝る中、藤田さんは3日目まで眠れなかった話、それぞれの町で見た景色など、たくさんのエピソードを紹介されていました。台本の文字だけでは見えてこない景色、ヴァイオレットの旅の空気が共有されます。
▽主人公のヴァイオレット(Wキャスト)を演じる唯月ふうかさん
▽主人公のヴァイオレット(Wキャスト)を演じる優河さん
ちなみに移動距離は「東京から福岡までの2倍くらい。だから3日くらいで行けます。アメリカの1/3を横断するようなイメージです」だそう。でもバスで3日間と考えると、けっこう大変な旅ですよね~。
◎ヴァイオレットが会いに行く"テレビ伝道師"/オーラル・ロバーツ大学
▽多くの学生が熱心に聞き入る祈りの時間(撮影:藤田俊太郎)
▽学生達が祈りを書いた紙が貼りつけられた十字架
(撮影:藤田俊太郎)
ヴァイオレットが旅に出た理由は、テレビ伝道師(テレビを使って宗教を伝える伝道師)に会って顔の傷を治してもらいたいから。その伝道師のモデルであるオーラル・ロバーツは、"信者の傷に触れると治る"などの様子をテレビで放送した人物です。劇中でヴァイオレットが伝道師と会うのはオクラホマですが、藤田さんはその人が建てた「オーラル・ロバーツ大学」に行ってみたそう。すると、なんと偶然"祈りの時間"に立ち会うことができたそう。すごい!
写真に写っていたのは、伝道師の演説に集中し、涙を流す学生たち。それはなかなかの迫力ですが、藤田さんとキャストの皆さんは「この大人数だからそう感じるのではないか」「何かを信じる、という感覚は特別ではない」などと話し合われていました。
▽ヴァイオレットの父親を演じるspiさん
▽奇跡のテレビ伝道師を演じる原田優一さん
▽人種差別の最も激しかったアラバマ州で爆破されたバスの再現(撮影:藤田俊太郎)
1964年を舞台にしたこの作品。藤田さんは「差別は前提としてある」と言い、メンフィスにある公民権博物館(ナショナル・シビルライツ博物館)に展示された、キング牧師が暗殺(1968年)された部屋の再現や、差別行動の過激化で爆破されたグレイハウンド・バスの再現などの写真を見せ、米国で黒人が辿ってきた苦難の歴史も説明されました。ヴァイオレットが公民権運動をしたわけではないですが、時代背景として大事な話です。また、ヴァイオレットのような"南部の白人"の貧困問題についての説明も。そのときに語られた「黒人は一致団結して差別に打ち勝とうというコミュニティがあったけど、白人にはそれがない」という視点も印象的でした。
「差別」については、実際に藤田さん自身が経験した人種差別のエピソードも交えながら詳細に語られていて、この作品のベースとして大きなものなんだということを感じました。
▽テレビ伝道師のアシスタント役を演じる横田龍儀さん
▽ミュージックホール・シンガーを演じるエリアンナさん
他にも、作品に出てくるさまざまな場所を写真と共に紹介して、スライドショーは終了。藤田さんは「ロンドンで上演するとき、僕はカンパニーの皆さんに『観客がヴァイオレットなんです』という話をしました。観客がヴァイオレットと共に旅をして、いろんな人と出会って、価値観が変わっていくという作品。でもそれから約1年経ち、もうそんなことも言えない時代になっていると思います。今は僕は、個人の話だと思います。顔の傷がなくなるんじゃないかと一歩踏み出したヴァイオレット、ベトナム戦争の恐怖と戦いながら旅をした白人兵士のモンティ、当時"変わらない"と思われた価値観の中に生き、格闘し、苦悩した黒人のフリック。そういう人たちがたまたま同じバスに乗って旅をする話。前提に"差別"があり、その中でヴァイオレット、モンティ、フリックが他者と出会いながら、人間になっていく作品だと僕は思っています」と構想を語りました。
▽リロイを演じる森山大輔さん
▽ルーラを演じる谷口ゆうなさん
▽南部出身の白人の老婦人を演じる島田歌穂さん
▽ヤングヴァイオレット役(Wキャスト)の稲田ほのかさん
▽ヤングヴァイオレット役(Wキャスト)のモリス・ソフィアさん
今回の解説を聞いて、これからこの作品がどんなものになっていくのか、キャストの皆さんがどう役をつくり上げるのか、一気に楽しみになった約2時間。さらに舞台の四方を客席が囲む構造や、「白人の音楽で始まり、黒人の価値観が混ざり、最後にゴスペルになる」(藤田)という音楽も楽しみな作品です。
ミュージカル『VIOLET』は4月7日(火)から26日(日)まで東京芸術劇場プレイハウスにて上演されます。お楽しみに!
取材・文:中川實穗
撮影:藤田亜弓